「安倍首相頑張りましたね」中国庶民が“電撃辞任”労うワケ

「安倍首相頑張りましたね」中国庶民が“電撃辞任”労うワケ

記者会見で辞意を表明する安倍首相(写真/時事通信フォト)

 日本だけでなく、海外メディアもトップニュースとして大々的に報じた安倍晋三首相の電撃辞任。折に触れて日本との対立や関係悪化が取り沙汰されてきた中国でも同様で、中国の検索サイトやSNSではトレンド1位となるなど衝撃が広がった。だが、中国国民の反応は予想とは大きく異なるようだ。中国の経済、社会に詳しいジャーナリストの高口康太さんが解説する。

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「安倍首相も頑張りましたねぇ。ゆっくりお休みください」
「早期の回復をお祈りします」
「中国の伝統治療を受けたら回復するのでは」

 これは8月29日、安倍首相が突如辞任を表明した後、中国のSNSに書き込まれたメッセージ。予想外にも労いの言葉が多くを占めた。もちろん「因果応報だ」などと毒づく書き込みもあったが、全体から見ると少数派だろう。

 振り返れば2013年、政権発足から初めて安倍首相が靖国神社を参拝した時、中国では大きな反発を呼んだ。中国では、靖国に参拝した日本の首相とは右翼であり、日本帝国主義であり、「中国の敵」という位置付けであるからだ。本来は好かれるはずがない。また、7年8か月にわたる第2次安倍政権を通じて、日中関係はぎくしゃくした状態が続いていた。

 しかも、安倍首相が推進した「価値観外交」、すなわち自由、民主主義、基本的人権、法の支配、市場経済といった普遍的価値を共有できる国での連携を進めようとする戦略は、つまるところ「中国外し」の戦略だ。あからさまな「中国包囲網」を築こうとしているとの警戒感もあった。

 さらに安倍首相は、歴代日本政権が冷淡な対応を取ってきた人権問題でも、中国にお小言を言ってきたことでも知られる。一例をあげると、中国が香港の統制を強める「香港国家安全維持法」導入に対して、遺憾の意を表明したことがあげられる。遺憾の意を表明したところでどれほどの実効性があるかは分からないが、この日本政府の姿勢に香港の民主化活動家として知られる周庭(アグネス・チョウ)氏も、「あの日本が!」と驚いていたぐらいだから、香港の人々を勇気づける役割は果たしたかもしれない。

 これらを考えると、中国にとって安倍首相は面倒臭い相手だったことは間違いない。にもかかわらず、なぜ安倍首相は、これほど中国の庶民受けが良いのだろうか。

 恐らくその答えは、「中国人のストロングマン好き」が主に影響していそうだ。「悪い奴」は単に憎たらしいだけだが、「悪くて強い奴」は逆に人気が出てしまうのである。過去を振り返って見ても、小泉純一郎元首相が靖国を参拝したことで中国とバチバチの対立関係になったが、庶民受けは悪くなかった。まさに今、中国と激しくぶつかっているトランプ米大統領もそうだ。困ったことをしている奴でも、強い奴にはついつい惹かれてしまうのが中国の庶民の心理なのだろう。

 安倍首相の前の首相が誰だったのか、日本人ですら記憶がおぼろげな人が多いなか、中国人なら尚更だ。覚える前に1年で首がすげ変わった野田佳彦前首相、菅直人元首相などには何の感情も沸かない。だが中国の庶民は、7年8か月を“共に過ごした”安倍首相については、いろいろあっても、何かしらの思いが生まれてくるというわけだ。

「改革の時代」の終わり

 だが、この「ストロングマン安倍晋三」の誕生は偶然ではなかったのではないか。実は2012年から翌年にかけて、東アジアでは中国の習近平国家主席(中国共産党中央委員会総書記)、安倍晋三首相、韓国の朴槿惠前大統領という3人の新リーダーが相次いで誕生した。いずれも父親が著名政治家であり、「保守本流」という点も共通している。

 この背景には、2000年代に入ってからの中国の急速過ぎる台頭や、リーマン・ショックという世界的金融危機などが関係していたように思う。東アジア三国は、いずれも目まぐるしく変わる世界情勢の激変に対応できる “ストロングマン”を必要としたため、同時期に似たようなキャラクターの新リーダーを生み出した…と考えるのは、ややドラマチック過ぎるだろうか。

 しかし、2012年から始まった「改革」の時代も、今終わりを告げようとしている。朴槿惠前大統領は収賄や職権乱用などで悲劇的な末路を辿ったし、安倍首相もコロナというアクシデントに飲み込まれ、経済再生、憲法改正という夢を実現できぬままでの退陣となった。

 残る1人、習近平国家主席はどうか。中国の総書記は近年、2期10年で交代するという流れがあったが、一強体制の習氏は2027年までの長期政権が有力視されている。だが、その“最強総書記”の足元も米中対立、コロナショックでぐらついているのが現状だ。同時期に誕生した3人のストロングマンたちだが、1人目、2人目といずれも予想外の形での退場となった。果たして残る1人はどのような結末を迎えるのだろうか。

【高口康太】
ジャーナリスト、千葉大学客員准教授、週刊ダイヤモンド特任アナリスト。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。中国の政治、社会、文化など幅広い分野で取材を行う。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書、共編著に『現代中国経営者列伝』(星海社新書)『幸福な監視国家・中国』(NHK新書)『プロトタイプシティ』(KADOKAWA)など。

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