「バイデン襲撃」も噂される「アメリカ再建」の遠い道のり

「バイデン襲撃」も噂される「アメリカ再建」の遠い道のり

バイデン氏は荒波のなかでの船出となった(AFP=時事)

 混乱と憎悪と暴力の果てに、アメリカの政権交代が行われた。こんなに暗雲に包まれた大統領就任は史上初だろう。世界で最初の近代的民主主義国家として建国して約250年、バイデン政権が担うことになるのは、「アメリカの再出発」である。ニューヨーク在住46年のジャーナリスト・佐藤則男氏は、それが想像以上に難しい現実を指摘する。

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 第46代アメリカ大統領に就任したジョー・バイデン氏に最大の賛辞と惜しみない拍手を送りたい。様々な国家的危機を引き起こしたトランプ前大統領から執拗な仕打ちを受け、苦しみ、戦い抜いた結果の就任であるから特別な意味がある。

 アメリカは移民で成り立ち、移民としての誇りを忘れず、懸命に働き、祖国を愛し、新天地で生きて来た人たちが作った国である。民主主義を尊重し、自由と平等を謳い、生きる価値と術を約250年ほどの間に築いてきた。日本などに比べたらはるかに歴史の浅い国だが、なぜそんな短い間に大国になったのか、アメリカ人に問うと、民主主義国家だからと答える人が多い。確かにアメリカは世界で最初に民主主義を基盤に作られた国だった。

 では、アメリカの民主主義とは何か。国務省が次のように定義している。全文は非常に長いので、以下は抄訳である。実に現実的で良くできていると思う。

・民主主義とは、市民が直接もしくは自由選挙で選ばれた代表を通じて権限を行使し、市民としての義務を遂行する統治形態である。

・民主主義とは、人間の自由を守る一連の原則と慣行である。自由を制度化したものと言ってもいい。

・民主主義は、多数決の諸原則と、個人および少数派の権利を組み合わせたものである。多数派の意思を尊重する一方で、個人および少数派集団の基本的な権利を擁護する。

・民主主義国は、全権が集中する中央政府を警戒し、政府機能を地方や地域に分散させる。それは、地域レベルの政府・自治体が、市民にとって可能な限り身近で、対応が迅速でなければならないからである。

・民主主義国は、言論や信教の自由、法の下で平等な保護を受ける権利、そして政治的・経済的・文化的な生活を保障し、基本的人権を擁護する。

・民主主義国は、すべての市民に開かれた、自由で公正な選挙を定期的に実施する。独裁者や単一政党の隠れ蓑になる見せかけの選挙ではなく、国民の支持を競うための真の競争でなければならない。

・民主主義は、政府を法の支配下に置く。

・民主主義諸国のあり方は多様であり、それぞれの国の政治・社会・文化を反映する。民主主義諸国の基盤は画一的ではなく、基本的な諸原則の上に独自に築かれる。

・民主主義国の市民は、政治制度に参加する権利だけでなく責任を持つ。そして、政治制度は市民の権利と自由を保護する。

・民主主義社会は、寛容と協力と譲歩を重視する。合意達成は常に可能だとは限らないが、マハトマ・ガンジーは、「不寛容は、それ自体が暴力の一形態であり、真の民主主義精神の成長にとって障害となる」と述べている。

 誠に優れた、民主主義思想である。このような民主主義が確立されていれば、国は安泰、人々の生活も安心だと思うが、そう簡単にはいかない。ここに掲げられた民主主義が簡単に実現できるものではないからだ。アメリカは一部のエスタブリッシュメントと国民が分断されてしまった。ワシントンと有権者、金持ちと庶民、そしてメディアと国民の間にも大きな溝ができてしまったことを、今回の大統領選挙ははっきりと見せつけた。トランプ氏を支持したのは、必ずしも一部の過激な右派ではない。そうしたエスタブリッシュメントに対する多くの国民の不満と憎悪がトランプ氏を大統領にしたのである。これはポピュリズムではあるが、白人が主体であったところに問題がある。

 筆者は、コロンビア大学ジャーナリズム・スクールの学部長を務めたジョーン・コナー氏と12年間、仕事で親交し、彼女から学ぶ機会を得た。同スクールは、あのジョセフ・ピューリッツァー氏が創設した学府である。ピューリッツァー賞は、今もジャーナリズム界の金字塔である。

 コナー氏はいつも、「民主主義は理想であり、それを説くことはできるが、実現することはできない」と話した。社会は民主主義に限りなく近づくことはできても、民主主義そのものにはならないというのである。そしてコナー氏は、「ジャーナリズムの使命は、民主主義を広め、その実現のため努力し続けることだ」と説いた。そのためには、メディア同士が相互監視し、質の向上を図らなければならないと強調していた。

 大統領選挙がメディアに翻弄され、メデイアが大統領選挙を形作り、メディアが大統領を決めているとさえ思える今こそ、彼女の言葉は重みを持つ。フェイク選挙はフェイクメディアが作っており、その責任が大きいことが今回の選挙ではっきりした。トランプ氏の言う「フェイク」とは違う。たとえ報道内容が事実であっても、特定の党派や候補を支持するためにニュースを「作り」、世論を「動かそう」とすることがフェイクなのである。

 もうひとつ忘れてはならないことがある。メディアが正しくてもフェイクでも、暴力や脅し、襲撃や暗殺は絶対にあってはならない。不寛容は民主主義を否定し、討論を妨害する。

 メディアでこんなことは書くべきではないかもしれないが、バイデン大統領は暗殺のターゲットになりやすい立場にある。トランプ前大統領を熱烈に支持する陰謀論者の集団QAnon(キューアノン)やネオナチなどのグループのなかには、バイデン氏やその政権を襲撃する計画を準備している者もいるとされる。トランプ氏は、そうした計画や実行は決して許されない、と明確に言わないままホワイトハウスを去った。むしろ過激グループの攻撃をバイデン氏に向けさせて去ったという意見もある。極めて危険である。

 アメリカの歴史で大統領の暗殺、暗殺未遂は何度も起きているが、1963年11月22日、ダラスで起きたジョン・F・ケネディ大統領暗殺は最も衝撃的な事件だろう。筆者もこの事件には特別な思いがある。

 30年ほど前のある夏の午後、筆者は、ニューヨークのウエストサイドにあるCBSテレビにいた。ある人物のオフィスで、相当な時間、話し込んだ。その人物とは、当時3大アンカーマンの一人と言われていた、CBSイブニング・ニュースのダン・ラザー氏だった。二人が夢中で話していたのは、まさにケネディ暗殺報道についてだった。ラザー氏は、この大事件を誰よりも早くリポートした記者だったのである。

 しかし、彼によればそれは全くの偶然だった。その日、ラザー氏はダラスで予定していたジョンソン副大統領のインタビューが不調に終わり、不機嫌だったらしい。暇そうにしていると、支局長は同氏に、撮影済みのビデオを持ってくる役割を頼んだ。ケネディ大統領のパレードを取材するために、カメラクルーが取材に出ていたのである。そんな仕事は彼がやるべきものではなかった。ラザー氏は記者である。カメラクルーと待ち合わせた場所で煙草をくわえて待っていると、前方で何か起きた気配を感じたという。急いで走って現場に着くと、あの忌まわしい場面に出くわしたのである。

 ケネディ大統領は血だるまになってがっくり頭を垂れ、ジャクリーン夫人がそれを抱えて絶望していた。ラザー氏がすぐにニューヨークのCBS本社に電話すると、当時のテレビ界で圧倒的な人気と信頼を得ていたアンカーマン、ウォルター・クロンカイト氏が出た。クロンカイト氏はラザー氏に、「そこにいてくれ。現場に張りついてリポートしてほしい」と言って、「ケネディ凶弾に斃れる」という第一報を流したのであった。

 偶然にも、この時初めて日米間の衛星中継が行われた。この最初の放送がケネディ大統領の葬式だったから、日本中が大きなショックを与えた。報道の最前線にいたラザー氏やクロンカイト氏にとっても衝撃は大きく、ラザー氏は、「生涯忘れない出来事だし、暗殺がいかに卑劣で卑怯なものか、まざまざと見せつけられた」と語った。

 クロンカイト氏といえば、ベトナム戦争でアメリカの劣勢を報じて終戦に導いたことで知られ、「アメリカの良心」とも呼ばれた。彼はケネディ大統領のファンで、オフィスに写真を飾っていたほどだ。ケネディ大統領の死亡が確認されたという情報を伝える時、クロンカイト氏はメガネを外し、目を拭った。放送後、同氏のオフィスに女性の視聴者から抗議の電話があり、放送で涙を流すなどアンカーマンとして失格だと非難された。その瞬間、クロンカイト氏は「Goddamn Mom!(だまれ!)」と怒鳴って電話を切ったそうである。後日、筆者はクロンカイト氏にも会う機会を得て、直接確かめた。彼はあのように怒ったことはジャーナリストとして最初で最後であり、ケネディ暗殺を「私の人生における真の悲しみだった」と語った。

 ラザー氏はその後、クロンカイト氏からアンカーマンを受け継ぐ。彼らのスクープが偶然によってもたらされたものであれ、感情を露わにしたことが報道倫理にそぐわないものであれ、暴力に怒り、アメリカの民主主義を守ろうとした動機は正しかったというべきだ。それに比べて、トランプ氏を叩いて視聴率を稼ごうとするだけの今日のニュース・ショーは、どうしても軽薄で醜悪に見えてしまう。

 バイデン大統領は、就任と同時に全速力で仕事を進めなければならない。パンデミックとの戦い、環境問題に関するパリ協定への復帰、世界保健機関への復帰、同盟国への安保条約改定要求の取り消し、移民排斥の撤廃――何もかも待ったなしである。

 アメリカが失ったものは大きい。民主主義と、それを支えるメディア再建の道は険しく、長い道のりとなるだろう。

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