「民族の略奪」中国のマイノリティーたちがいま抱える“静かな怒り”

「民族の略奪」中国のマイノリティーたちがいま抱える“静かな怒り”

「民族の略奪」中国のマイノリティーたちがいま抱える“静かな怒り”

■憲法に明記「各民族の言葉を使う自由」

 「アニョハセヨ」。喫茶店に入店した時、まず聞こえてきたのはその言葉だった。

レストランに入っても、まず聞こえてくるのは耳慣れた「ニーハオ」でないことが多い。

 ここは、中国東北部・吉林省の延辺朝鮮族自治州。北朝鮮と国境を接する地域で、少数民族・朝鮮族が約100万人暮らしている。朝鮮族は朝鮮半島の人たちと同じようにハングルを使う。話す言葉はいわゆる「朝鮮語」だ。

 空港に到着し、街中を車で走るとまず目につくのがハングル。中国共産党のスローガンを含め、ほとんどの看板にはハングルも記されている。この地域に住む高齢の人たちと話すと中国の標準語(漢語)があまり得意ではない人もいる。独自の文化圏を形成していることが分かる。

 中国には、こうした少数民族が55存在する。チベット族やウイグル族、モンゴル族なども少数民族で、人口は数千人から千数百万人までと各民族で様々だ。こうしたことを受け、中国の憲法には「各民族の言葉を使う自由」が明記されている。ただ約14億人という中国全体の人口の中で、9割以上を占めるのは漢族。彼らが使う「漢語」が中国の標準語として定められている。そのため少数民族の多い地域にある民族学校では、民族固有の言語と標準語(漢語)を学ぶ、いわゆるバイリンガル教育が行われてきた。

■朝鮮族の子どもが通う学校で起きていた“変化”

 ところが、この延辺朝鮮族自治州で9月からある変化が起きていた。

「ハングルの授業以外、全部標準語での授業に変わりました」

こう明かしたのは、子どもを朝鮮族の小学校に通わせる保護者だ。

 朝鮮族の小学校では、この夏まで標準語(漢語)の授業以外は全てハングルで書かれた教科書が使われてきた。しかし、新しい学年が始まった9月から中国の標準語で書かれた教科書に変わったのだ。

 「漢族の学校から先生も派遣されてきている。親としては授業の内容に影響が出ないか心配です」。保護者は取材にこう語った。朝鮮族の教員が標準語で教えることに対応できない場合、授業のレベルが落ちる可能性がある。子どもの受験に影響が出るのではないかと懸念する声があがっているのだ。

 中国の受験競争は日本の比ではないと言われる。危機感を抱いた親が、子どもに転校させたり、朝鮮族ではない漢族の学校に入学させたりするケースも出始めているという。

 朝鮮族の教育関係者もこう明かした。

「朝鮮族の先生たちにとって標準語で教えることは難しいことです。今まで教えたことがない中で急に方針が変わったため、先生たちはとても困っています。特に受験を控えた中学生や高校生たちが混乱しています」。

■進む習近平指導部の民族同化政策、静かな怒り「民族の略奪」

 漢族の学校を選ぶ傾向に拍車をかけているのは大学入試制度の変化もあるという。中国では大学入試の際、民族の言語で受験する少数民族の学生に加点がされる優遇措置があったが、それが廃止されることになったのだ。

 こうした動きの背景には、習近平指導部が進める民族同化政策がある。

 「全ての民族が中国共産党などに強い帰属意識を持つよう促進しなければならない」。

習近平国家主席は8月、標準語(漢語)の普及の必要性をこう強調していた。9月以降は幼稚園でも標準語による教育環境の整備が進むなど、少数民族への統制は強まっている。

 こうした統制に少数民族は反発しないのか。実は去年、内モンゴル自治区でもモンゴル語の教科書を一部、標準語に切り替える方針が示されたことで抗議活動が起きていた。しかし当局に拘束されるケースが相次ぎ、反対派の人たちのSNSのチャットグループも閉鎖された。現地での抗議の動きは収まったという。

 「現地では抗議活動をできる雰囲気ではないのです」。

こう明かすのは、日本で暮らす内モンゴル自治区出身者たちだ。地元にいる家族のもとに何度も「公安」が訪ねてきたという。また学校の先生に対する共産主義についての研修時間も増え、毎日1、2時間行われているという。

 「去年の段階では中国政府に皆で思いを伝えれば少しでも変えられる可能性があるだろうと希望がありました。でも今は皆、無理だと分かっているから抗議はしません」。内モンゴル自治区出身者の言葉だ。

 9月からの教科書の変更をめぐって、朝鮮族の間でも不満はくすぶっている。しかし内モンゴル自治区で起きた抗議活動に対する締め付けも知られているだけに、表立って反発はしにくい気持ちもあるのだろう。ただ今回取材に応じた朝鮮族の教育関係者は、こう危機感を語った。

 「朝鮮族の学校は子供が減って将来なくなる可能性もあります。民族の言葉がどんどんなくなっていきます。ここまでする必要があるのか、疑問に思う人もたくさんいるのです。よく言えば、中国に住むから標準語(漢語)をたくさん話しましょうということ。でもこれは、民族の略奪のようなものです」

 「民族の略奪」、すなわち民族のアイデンティティの危機。

静かな怒りは広がっているが、習近平指導部は少数民族に対する同化政策を今後さらに進めていくとみられている。

(取材:北京支局 松井智史)

(24日09:10)