鈴木宗男が激白!「安倍首相VSプーチン大統領、そして北方領土問題の真相」

鈴木宗男が激白!「安倍首相VSプーチン大統領、そして北方領土問題の真相」

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 安倍晋三首相は9月2日、ロシア極東のウラジオストクを訪問しプーチン大統領と会談。12月15日にはプーチン大統領が安倍首相の地元・山口県を訪れ、首脳会談を行うことで合意した。

 動き始めた日露交渉だが、日本国民の最大の関心は、北方領土(国後島、択捉島、歯舞諸島、色丹島)の返還が実現するかどうかだろう。安倍首相が日露交渉を本格化させるのに際し、何度も官邸に招いた人物がいる。政界切っての“ロシア通”で知られる鈴木宗男新党大地代表だ。日露交渉の舞台裏を知り尽くした鈴木代表が、北方領土問題の真相を明かした。

「昨年の12月22日、官邸の式典で安倍総理にお会いした際、“たまに官邸に来てください”と声がかかり、後日、秘書官から連絡があって28日に官邸に招かれました。その時は1時間近く内政、選挙、そしてロシア問題について話し合いましたが、以後、ウラジオストクでの会談までに、計6回、官邸に行っています。現在進行形の外交案件ですから内容は明かせませんが、総理は並々ならぬ決意を持っておられることが分かり、忌憚なく意見交換できたと思います」

 安倍首相が政権発足以来、日露関係改善を目指してきたのは周知の事実。「順調に進むかに見えましたが、ウクライナ問題で一時、日露関係は冷え込んでしまった。ただ、5月のソチでの首脳会談で信頼を回復できたと思います。続く今回の、ウラジオストク会談で、日露関係はより進化したと断言できます」

 事実、日本国内の論調は、「経済制裁や原油価格低迷に喘ぐロシアは、日本から経済協力を引き出したいため、12月の来日時に何らかの“土産”を持ってくるはず」との期待を強めている。日本側も、ロシア経済分野協力担当相を新設し、世耕弘成経産相に兼任させるなど鼻息が荒い。となると領土問題の進展に期待が膨らむが、ここで重要になるのが、“4島一括返還”か、“2島(歯舞群島・色丹島)先行返還”かという国内議論だという。鈴木代表は、これらの議論の本質的な“誤り”を指摘する。

「自民党の中にも4島一括返還が国是だと思っている議員が多くいますけどね、それは間違っています。4島一括返還と主張したのは、冷戦時代、ソ連が“領土問題なし”と言ったからです。自由と民主のロシアになってからは、日本政府は4島の帰属の問題を解決して平和条約を締結するという方針に転換しています」 北方領土問題を正しく知るには、“歴史の闇”を理解する必要があるという。時は、1951年のサンフランシスコ講和条約締結時にまで遡る。

「当時の日本政府は条約で国後・択捉の権利を放棄しています。具体的には“千島列島を放棄する”と宣言しているんですが、国後と択捉は千島列島に含まれています。一方、歯舞・色丹は根室の行政区なので権利は日本側にあります。歯舞・色丹の2島引き渡しを目指した日ソ共同宣言(56年)の発効日の翌日、根室の住民らは大喜びし、提灯行列していますからね」

 歯舞・色丹の返還は、指呼の間にあったのだ。「ところがその後、時の外務政務次官が、“日本は国後・択捉の権利を放棄していない”と国会答弁したため、混乱が生じたのです」

 その背景には、アメリカからの圧力があったことが知られている。いわゆる“ダレスの恫喝”である。「日本の全権代表がモスクワで共同宣言の交渉中、重光葵外相がアメリカのダレス国務長官とロンドンで会談した際、ダレスは、“もし日本が2島返還で合意してソ連と平和条約を結んだら、沖縄を永遠に返還しない”と恫喝してきたんです」

 当時は東西冷戦の真っ只であったため、日本の意志のみではどうすることもできなかったのだろう。結果として冷戦期は、ソ連側は「領土問題はない」という立場。日本側はそれに対して売り言葉に買い言葉で「4島一括即時返還」という立場を取り続けたわけだ。しかし、91年に共産主義のソ連が崩壊し、ロシアとなってから状況は一変する。

「そこから日本は、“領土問題の段階的な解決”に方針転換することができたのです。橋本(龍太郎)政権時代の97年11月には、エリツィン大統領とクラスノヤルスク首脳会談が行われ、2000年までに日露両国が平和条約を締結することが確認されました。当時私は国務大臣(北海道・沖縄開発庁長官)で、実現に向けて命懸けで奔走しました。その翌年の川奈首脳会談では、橋本総理が択捉島とウルップ島の間に両国の最終的な国境線を引こうと提案すると、エリツイン大統領がそれに応じようとしたんです。ところが、同席した補佐官が本国に持ち帰り検討すると言いました。その場には当時、官房副長官だった額賀(福志郎)さんがいました。もし私がその場にいたら、“補佐官が何を言うか、ここは首脳同士の話だぞ!”と遮ったと思います。あのとき、エリツィン大統領から言質を取っておけば、領土問題は大きく動いていたはずです」

 その後も、小渕恵三政権、続く森喜朗政権時代に領土問題は進展を見せる。「01年にはプーチン大統領と森首相の首脳会談がイルクーツクで行われ、平行協議を提案しました。歯舞・色丹島の具体的な返還と国後・択捉島が日露どちらに帰属するかを協議しようとしたのです。このイルクーツク会談は日本に“島”が最も近づいた瞬間でした。ところが、アメリカに軸足を置く小泉(純一郎)政権になるや、日露交渉は二の次になっていきます。小泉さんは日露関係の関心が薄く、外相の田中眞紀子さんは外交を混乱させ、小泉首相に更迭されています」

「繰り返しますが、4島一括返還は、冷戦期の米国の圧力もあってお題目となっていた虚構なのです。冷戦後、日本政府は4島の帰属が認められれば、返還時期に差があってもよいという考え方に方針変更しているのです。私はその方針に従い、ロシア外交に励んできました。それなのに、そういう歴史的事実を勉強しないで、鈴木宗男は“2島先行返還”とか“2島ポッキリ”だとか、“あいつは国賊”だとか中傷を受けたのです。しかし、結果はどうですか?……以降10年間以上、“空白の日露関係”の時代を迎えたじゃありませんか。もし私のアプローチを継続して実践していれば、すでに4島の問題は解決していたと思いますよ」

 こうした膠着状態を打開するのが安倍政権の使命だが、そこに、鈴木代表の蓄積したインテリジェンスが不可欠なことは、彼が官邸にたびたび招かれていることからも明らかだろう。「今回のウラジオストク会談は、イルクーツク会談を越えたと思います。安倍外交の成果と言えます」

 とはいえ、12月に来日するプーチン大統領は、旧KGBの出身で、世界が恐れるコワモテの指導者だ。実は鈴木代表は、そのプーチン氏が最初の大統領選挙に当選して最初に会った外国の政治家でもある。当時は、小渕首相が脳梗塞で倒れ再起のメドが立たず、森自民党幹事長の登板が確実視されていた時期。鈴木代表は、小渕首相の特使としてモスクワに派遣された。

「クレムリンの一室で、プーチン大統領は無表情で椅子にもたれかかっていました。私は何とかしようと思い見回すと、そこは小渕・エリツィン会談が行われた部屋でした。そこで私はこう言ったのです。“1年半前、私のこの席に座っていた小渕総理は今、生死の境を彷徨っている。その総理は倒れる直前、日露関係を俺が動かすんだと言った。だから私は今、この席に小渕総理がいるつもりで大統領に会っている” 感極まって私がポロッと涙をこぼすと、椅子にもたれていた大統領が前屈みになり、身を乗り出して私の話に相槌を打ってくれました。彼にはその後も何度か会っていますが、筋を通せば分かってくれる、情の通じる男だと思います」

 一方の安倍首相もタフな一面を持つという。日露交渉においては、アメリカの圧力が常について回るといわれるが、今年初頭、日露交渉を察知した米政府は、例によって日本政府に圧力をかけてきたという。

「安倍総理は2月のオバマ大統領との電話会談で、“ロシアと領土問題が残る日本の立場は貴国とは違う”といって、その圧力をキッパリと退けています。かといって対米関係がこじれたわけではなく、オバマ大統領の広島訪問も実現しています」 日露両国とも、現政権は強固な基盤と意志を持っているだけに、トップ同士が決断すれば領土問題が一気に進展する可能性が高い。

「日本はソチで約束した8項目の経済協力を実施すべき。そうすれば日本の真意が伝わり、平和条約締結と歯舞、色丹の2島返還の道筋がつくでしょう。すると、残る2島についても、様々な角度からの議論が成熟していくはずです。世界の大国である日本とロシアが領土問題を解決し、平和条約を締結することは、世界の安定に繋がる。日本は中国への牽制にもなるし、ロシアの原油を輸入できれば、エネルギー政策も飛躍的に安定しますよ」

 12月の首脳会談が、実りあるものになることを期待したい。

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