妻の「USAバッグ」を狙い撃たれた北朝鮮空軍パイロットの境遇

妻の「USAバッグ」を狙い撃たれた北朝鮮空軍パイロットの境遇

平壌市民の日常(2018年9月19日、平壌写真共同取材団)

「ヒッピー族一斉掃討に乗り出したソウル市警は、管轄15警察署の兵力を動員、28日の1日だけで長髪族677人を摘発、うち408人の髪を短く切り…」 1970年8月29日毎日経済新聞

1970年、韓国の朴正煕政権は「退廃的社会風潮を一掃する」との名目で、長髪で歩いている若者を軽犯罪処罰法で摘発する方針を示し、実際に実行に移された。

「外見がこざっぱりしていなければ正しい行動はできない。変な服装などは青少年に悪影響を及ぼす」(李済天ソウル市警少年係長、東亜日報1970年8月29日)という理屈だ。日本で依然として聞かれる「服装の乱れはこころの乱れ」という根拠不明な論理と似通ったものだ。当時でも強い反発を呼んだこのような取り締まり、今の韓国ではまず受け入れられないだろう。

一方、2019年の北朝鮮の街頭では、49年前の韓国と同じような服装や髪型、持ち物の検査が行われている。平安南道(ピョンアンナムド)のデイリーNK内部情報筋が伝えてきた。

事の顛末は次のようなものだ。

道内の順川(スンチョン)に住む30代女性のチンさんは、平城(ピョンソン)市内の通りを歩いていたときに、女盟(朝鮮社会主義女性同盟)の糾察隊2人に呼び止められた。糾察隊とは主に風紀取り締まりを行う組織だ。

糾察隊はチンさんの格好にいちゃもんをつけ始めた。着ているワンピースの色やデザインが派手で、ストレートパーマを当てた長い髪、持っていたバッグに「USA」のロゴが入っていたことなどを問題視したのだ。

このチンさんは、順川の空軍某部隊にパイロットとして勤務するソンさんの妻だった。取り締まられたことが軍部隊に通告されるや、夫婦はそれぞれが所属する機関で大変な目に遭わされた。

チンさんは軍部隊家族の会議で自己批判を強いられた。夫のソンさんは、総和(総括)の場で「家族革命化が不足している」との理由で相互批判をささせられた。また、「家長(世帯主)として妻を社会主義国家にふさわしい革命家として教育できなかった」と同僚から厳しく批判されたという。

家族革命化とは、家長が家族に朝鮮労働党と首領(最高指導者)に対する忠誠を教え、家族全員が革命家で、共産主義者として生きるよう教育するというものだ。夫が家族の代表という家父長制的で前時代的な家族観が色濃く反映されたものと言える。

相互批判の場で、当局者は次のように説明したという。

「腐りきったブルジョア思想文化的生活様式を流布させたり受け入れたりすれば、わが国人民の健全な思想意識と革命意識が麻痺しかねない。わが国の社会主義制度を瓦解させようとする帝国主義者とその敵対勢力の策動を叩き潰す」

派手な服装と長い髪、アルファベットのロゴが入ったバッグは帝国主義者の陰謀で、それを持ち歩くことは国を滅ぼすことにつながる、ということらしいが、この話を聞いた一般住民からは当惑と不満の声が上がっている。

「元帥様(金正恩氏)は米国の大統領に合って、女史様(李雪主夫人)も派手な服を着て長く髪を垂らしているのに、なぜわれわれ人民だけ問題にするのか」(住民の声)

金正日氏の時代までは、ファッションに非常に厳しい規制があった。女性は、外出時にズボンを履くことすら禁じられていた。

そればかりか、女性が自転車に乗ることすら禁止されていた。

金正恩氏が最高指導者の座についてからは、ファッションに関する規制がかなり緩和した。ベンツやロールスロイスなどの高級外車を愛用する金正恩氏、シャネルやディオールなどのブランド品を身に着けて公式の場に現れる李雪主夫人の影響であることは言うまでもない。

ところが、金正恩氏が2017年12月、朝鮮労働党第5回党細胞委員長大会での演説で「非社会主義的現象を根絶やしにせよ」との指示を下してからは、取り締まりが行われるようになった。時代が逆戻りしてしまったのだ。

しかし、たとえ党の政策と言えども、最高指導者と一般国民に異なる基準を適用するのは受け入れられないというのが北朝鮮庶民の本音のようだ。

一方、今回処分を受けたパイロット夫婦に同情する声が聞かれるかと思いきや、「差別的待遇だ」との声が上がっている。

つまり、相互批判や自己批判で済まされたのは幹部だからこその特権で、一般人民ならば協同農場の「草取り戦闘場」に強制連行され、15日以上強制労働させられただろうという声が上がっている。

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