ネット世論操作の最先端実験場メキシコ。メディアとジャーナリズムは対抗

ネット世論操作の最先端実験場メキシコ。メディアとジャーナリズムは対抗

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 メキシコではネット世論操作が盛んで産業化しており、対抗するために90以上のメディアが協力してNGO組織を立ち上げ、イギリスのAIネット監視システムを利用するなど熾烈な戦いを繰り広げている。

◆ラテンアメリカに広がるロシアの影響力。トランプ政権により加速

 まず、社会的な背景を見てみよう。ラテンアメリカ全体に言えることであるが、アメリカやヨーロッパからの関心が薄く、その隙を突いてロシアや中国などが干渉している。ラテンアメリカ諸国の多くの民主主義は崩壊に瀕しており、深刻な事態となっている。

2019年5月に公開されたアメリカのシンクタンク”Carnegie Endowment for International Peace”のレポート、『Russia: Playing a Geopolitical Game in Latin America』(Julia Gurganus)にはロシアのラテンアメリカへの干渉をくわしい分析が載っている。

 レポートによれば冷戦後、欧米はロシアに対する警戒をゆるめていた。そのため、ソ連が崩壊してからロシアは西側へ接近していた。しかし2012年プーチンが大統領に再選されてからは世界に向けて再び攻勢に出た。ラテンアメリカに対しては冷戦時のような戦術を用いてアメリカのリーダーシップを毀損し、影響力を削いできた。外交、軍事、諜報、サイバー、貿易、エネルギー、金融といったあらゆる手段を用いて、ヨーロッパや中東、アフリカ、アジアそしてラテンアメリカの政治、世論、意志決定層へ影響を与えてきたとある。

 私(本稿の筆者)は、この変化は2014年のロシアの新軍事ドクトリン=いわゆるハイブリッド戦への移行を示していると思う。(参照:『SNSによって脆弱になった民主主義が、世論操作とハイブリッド戦の餌食になる』)

 前述のようにロシアのラテンアメリカへの接近は、ロシアの旧ソ連邦の国々への干渉に比べるとあまり欧米からの注意を引いていない。欧米からすると、地理的に近い旧ソ連邦の国々の方がラテンアメリカよりも身近で差し迫った問題なのだ。しかしロシアにとってはそうではない。旧ソ連邦の国々に対する欧米からの干渉への報復であり、アメリカの裏庭への進出であるため重要な意義を持つ。この地域においてロシアは効果的にアメリカの影響力を削いでいる。

◆ロシアにとっての「メキシコ」

 トランプ政権になってからは国境に壁を作ることやNAFTA交渉でアメリカとメキシコの関係は悪化している。NAFTA(北米自由貿易協定)は日本ではあまりなじみのない言葉だが、アメリカ、カナダ、メキシコが加盟する自由貿易協定であり、域内GDPはEUを超えて世界最大となっている。これだけの規模の市場の動きは当然世界全体に影響してくる。アメリカ大陸のローカルな話題ではないのである。

 もしNAFTAがなくなり、アメリカとの国境問題が悪化すればメキシコへのロシアの干渉はさらに容易になる。すでにメキシコはロシアをアメリカの代わりの貿易相手として考え始めている。ロシアとラテンアメリカの国々の貿易の中では、ブラジルと並んでメキシコも多く、両国で全体の半分を占める。中国という選択肢もあるが、他のラテンアメリカ諸国に比べると中国との関係にはメキシコは慎重である。なぜならアメリカの市場でメキシコは中国と競合関係にあるからである。

 ロシアはメキシコの政権への支援を続けており、プロパガンダ媒体のRTやスプートニクのスペイン語版でも政権を支持するニュースやメッセージを発信している。スペイン語のプロパガンダ媒体RTはラテンアメリカに広まっている。

 アメリカ大統領選での工作で有名になったケンブリッジ・アナリティカがメキシコ、ブラジル、そしておそらくコロンビアで、国を親米から反米に転向させるために活動していたこともわかっている。

 ラテンアメリカ地域のロシア語人口は20万人と少ないが、ロシア連邦交流庁(Rossotrudnichestvo)がこの地区でロシアの文化や交流を広め、20歳台40歳台の若いリーダーたちにロシアへの関心を持たせ、ロシアに招いたりしている。

 ラテンアメリカに対する欧米の関心の低さが危機を招いているという指摘は、2018年8月にフランス政府が公開したレポート、『INFORMATION MANIPULATION A Challenge for Our Democracies』(CAPS Ministry for Europe and Foreign Affairs and the Institute for Strategic Research IRSEM, Ministry for the Armed Forces)でも明示されている。

 このレポートは世界のネット世論操作を概観し、事例を交えてその手法について解説、推奨する対策まで網羅しており、この中にラテンアメリカの分析の節がある。

 最初に西側諸国のラテンアメリカへの関心の薄さが、中国、イラン、シリア、ロシアの干渉の増加を招いているとし、ロシア、イラン、シリアがラテンアメリカでネット世論操作も行っていることを指摘している。

 またメキシコは世界有数のフェイスブックとWhatsAppユーザを誇っており、プライバシー保護や政治利用規制の甘さを利用したフェイクニュースの流布がふえている。

◆メキシコのネット世論操作産業と対抗組織

 メキシコではネット世論操作が盛んである。といっても世界中で広まっているので、そのことが特段すごいわけではない。

 2017年5月9日にMOTHERBOARDに掲載された『Mexico’s Troll Bots Are Threatening the Lives of Activists』によると、2010年にはすでにボットの活動が発見されていた。メキシコではSNSが政治的なツールとして広く活用されており、人権活動家などが使う一方、政治家が選挙のために使用したりしてフェイクニュースのあふれている状況だという。そしてボットやトロールに煽られた人々がジャーナリストに嫌がらせを行い、命の危険を感じさせるほどになっている。

 気になるロシアの干渉について、BBCなどいくつかの媒体が触れているが、はっきりした証拠のあるものはない。たとえば、『Bots and Trolls Elbow Into Mexico’s Crowded Electoral Field』(ニューヨークタイムズ、2018年5月1日)によれば、2017年12月、 アメリカの安全保障アドバイザーがメキシコの選挙にロシアの干渉の前兆があるとスピーチで述べたことが取り上げられているが、その詳細については不明である。ロシアは否定し、メキシコの選挙関係者はなにも見つかっていないとコメントしている。

 ロシアは反米の傾向の強いオブラドールが大統領になることを望んでいたという分析もある。この分野の専門家であるManuel Coss?o Ramosによると、オブラドールに関する4800万のSNSの投稿の63%はロシア、20%はウクライナからだったという。他の2人の候補者の場合、海外からのものはほとんどアメリカで、4%のみがロシアからだった。ただし、他の専門家によるとこれらについて事実の確認できなかったという。このように、ロシアの干渉について疑いがあるものの、決め手になる証拠がまだない。

 ネット世論操作についてメキシコが他の国と大きく違うのは、フェイクニュース会社とも言える企業とその創業者がメディアに露出している点である。

 デジタル・フォレンジックラボは、2018年7月1日に行われたメキシコの総選挙に先立つ6月28日、フェイクニュース企業Victory Labとその創業者にしてフェイクニュース王であるCarlos Merloの行ったネット世論操作に関するレポートを公開した。

 同社は昨年のメキシコの選挙の際にオブラドール大統領候補に対してネット世論操作による攻撃を仕掛けていたのだ。

●『#ElectionWatch: Trending Beyond Borders in Mexico』 

 この記事によると、フェイクニュース王Merloは2017年以降、主なもので4回のメディアからのインタビューを受けている。

●El millonario negocio detr?s de los sitios de 'fake news' en M?xico 

●El negocio detr?s de las noticias falsas 

●FAKENEWS Cuando las mentiras pol?ticas son un negocio

●El mercado global de los “me gusta” falsos

◆SNSでいいねや拡散を行う「下請け業者」

 インタビューでの彼の回答によると、数十人のスタッフを抱え、およそ200人のボランティアがいる。そして充分古く信頼できそうに見える150のサイトを運営している。さらに“sects” と呼ばれる下請けにいくつかの業務を外注している。“sects” はSNSでいね!やリツイートなどの拡散を行う集団でメキシコではいくつも存在している。産業化しているのである。Merloもまたその産業の中のひとりのプレイヤーでしかない。

 彼らはフェイスブックとツイッターのボットを使っており、少なくとも400万アカウント(最大1千万)を使っているとしている。

 料金は基本セットで6カ月$2,444、もっとも高額なセットは$50,000だという。インタビューではサイト名などは伏せられていたが、デジタル・フォレンジックラボは活動の具体的な実態を暴くことに成功した。

 また、デジタル・フォレンジックラボは同社の書き込みと反応について詳細な分析を行っている。ある書き込みではVictory Labの書き込みへのいいね!の多くはメキシコよりもアジア、特にインドから多くきていた。多数のいいね!がついているのに対してコメントなどが全くないという特徴がある。他の例ではブラジルから多くのいいね!が来ていた。これらからデジタル・フォレンジックラボはVictory Labの書き込みに対する反応は国外(インド、ブラジル)が多く、いわゆる”いいね!”工場から買ったものである可能性が高いと結論している。

 2015年に作られたツイッターアカウント”@Victory_Lab”は多くリツイートされているが、そのほとんどは鍵付きである。これは過去にもあったボットの近い方に似ている。なお6月25日にこれらのアカウントはボットとみなされ、凍結された。

 デジタル・フォレンジックラボはこのアカウントのフォロワーを分析した結果、アジアを拠点にするボット業者の関与が疑われ、特にインドとインドネシアに関してはその可能性が高いとしている。

 なお、選挙の結果、オブラドールは大統領に当選し、Merloのネット世論操作は不発に終わった。今回の選挙では圧倒的にオブラドール候補が強かったため、ネット世論操作の出番はなかったが、本番はこれからだ、と彼は考えている。

◆メディアに露出する「フェイクニュース王」

 メキシコに存在するネット世論操作企業は多数あるが、彼ほどメディアに露出している経営者は他にいない。

 彼がBuzzFeedNewsの取材を受けたものが、2018年8月18日の『「フェイクニュース王におれはなる!」 SNSの力で「次のメキシコ大統領を選ぶ」と豪語 』(BuzzFeedNews)という記事にまとめられている。

 この記事ではBuzzFeedNewsのためにデモンストレーションをしている。ハッシュタグをトレンドのトップにするには1万ドルかかると説明していた。フェイスブックやツイッターのチェックを逃れて政治家の依頼を実行するのは難しくなく、一番難しいのは依頼主にちゃんとカネをもらうことだという。Merloによればメキシコでトレンドに載る9割はこうしたネット世論操作企業が関与しているという(彼の表現ではデジタル・マーケティング会社)。

 取材に答えてMerloは4,000のフェイスブックページを持ち、連携させてキャンペーンを行うと説明していた。多数のフェイスブックページを連携させる手法はネット世論操作業界の運用方法の変化と同じだ。

 他の記事(『In Mexico, fake news creators up their game ahead of election』、2018年6月28日)によると、メキシコの世論操作はじょじょに大規模なボットネットワークからゆるやかに連携する小規模のネットワークに取って代わられ、WhatsAppを使ってクローズドなグループにメッセージを流すようになってきている。つまりより不可視化が進んでいるのだ。

◆ネット世論操作対抗策も進化

 ネット世論操作産業の拡大に対し、フェイスブックはより多くのチェッカーを雇い、フランス通信社(Agence France-Presse)やメキシコのメディアNGO、Verificadoなどとファクトチェック組織とタッグを組んでいる。フェイスブックはこうした活動により、彼らの資金源を断ち、活動停止に追い込めると考えている。

 ネット世論操作業界は、ボット検知が高度化に対して、ネット世論操作を行う側は人手による作戦に切り替えつつある。フェイスブックはこうした人手による活動防止策については回答を拒否した。

 こうした不可視化への変化はアメリカ下院議会に提出されたレポートにもあった内容と一致しており、世界的なネット世論操作の傾向のようだ。(参照:ロシアのネット世論操作の手法と威力。英米2つのリポートで明らかに:HBOL) 

 Verificadoは昨年の選挙のために、イギリスのKrzanaというAIを利用したネット監視システムを利用してフェイクニュースの自動検知を行った。Verificadoは90以上のメキシコのメディアによるフェイクニュース対策のためのNGOであり、フェイスブックやグーグルも協力している。

『AI to help tackle fake news in Mexican election』(2018年6月30日、BBC)によると選挙キャンペーン開始以来、130人を超える人が死亡しており、フェイクニュースに迅速に対処するためにAIを導入したという。

 投票期間中に使用された(記事では予定となっていたが、実際に使用された)AIシステム「Krzana」は、あらかじめフェイクニュースの学習を行っており、高速にフェイクニュースを峻別することができる。ただし最終判断は人間が下していた。

 Krzanaはイギリスの企業Krzana社(Twitter:@krzanaltd)が提供するSNSの上の投稿の情報収集、分析のためのツールである。多国語対応しており、選挙活動の監視だけでなく、ローカルニュースの収集、天気情報の収集などにも使われている。

 私の知る限り、メディア側がネット世論操作対策のために大規模なAIシステムを利用したのはこのケースだけである。メキシコではネット世論操作も盛んだが対抗策でも先をいっている。

◆ジャーナリストにとって、世界でもっとも危険な国

 2017年5月15日、メキシコのドラッグカルテルや犯罪組織を調査していたR?o Doce紙の共同創業者Javier Valdez C?rdenが乗っていた車から引きずり出され、12発の銃弾を浴びて殺された。犯人は彼のファイル、ノートパソコン、スマホを奪って消えた。

 のちの調査で彼のスマホはイスラエルのサイバー軍需企業NSO Groupが開発、販売しているスパイウェア、Pegasusに感染していた可能性が高いことがわかった。この他にもソーダに関する税金を支持していた公衆衛生の担当者がPegasusに感染させられるなどの事件が起きている。

 NSO GroupのPegasusはメキシコの他に、カナダ、サウジアラビア、イギリス、アメリカなどで発見されており、ジャーナリストを始めとして28人がターゲットとなっていた。同社によれば販売先は政府機関だけであり、その利用はテロの防止などの用途に限定されているはずだが、実際には言論封殺などに用いられていることが暴露されている。

 Pegasusの利用はメキシコに多く、同国内で複数のオペレータ(Pegasusを操作している主体=通信から特定)が複数あることがわかっている。メキシコ政府のどこかであることはほぼ確定と見られているが、それがどこの誰なのかはわかっていない。

●『RECKLESS VI Mexican Journalists Investigating Cartels Targeted with NSO Spyware Following Assassination of Colleague』

 スパイウェア(ここではガバメントウェアあるいはリーガル・マルウェアと呼ぶべきかもしれない)の利用においてもメキシコは悪い意味で世界の先端を走っているのだ。

 こうした状況にもかかわらず、果敢に報道を続けるメキシコのメディアやジャーナリストの姿勢には頭が下がる。”政府のご好意”によって記者クラブで取材を行っている日本の新聞や放送とはまるで違う。メキシコのメディアとジャーナリストはネット世論操作に立ち向かっているが、日本ではほとんど無関心である。政府からなにも情報が出ないから自分たちで学び、調査するということが面倒なのかもしれない。

 なお、これらを暴いたカナダのトロント大学にあるシチズンラボもNSO Groupのターゲットになったようだ。

 2019年1月25日、シチズンラボ代表のRon Deibertは研究員2名に対するスパイ行為についての声明を公開した。研究員に対してそれぞれ別個に接触が図られ、シチズンラボの本来の業務とは関係ないことについて訊き出そうとされた。

●『STATEMENT FROM CITIZEN LAB DIRECTOR ON ATTEMPTED OPERATIONS AGAINST RESEARCHERS』

 シチズンラボとAP通信社の調査ではNSO Groupの関与を決定づける直接の証拠は見つからなかったが、接触してきた相手の関心はシチズンラボの信用を失墜させようとしておりNSO Groupに関する言及が多かった。

 また、接触で用いられた手法はハーヴェイ・ワインスタイン事件で暴かれたイスラエルのスパイ代行会社BlackCube社の手口に酷似していた。ニューヨークタイムズの調査で2度目の接触に現れた男が同社の人間だということまではわかっている。

◆見えない全体像。カオス化するメキシコのネット世論市場

 

 前回紹介したベネズエラはマイナンバーのようなマザーランドカードのワレットを使って国民をトロール化しようとし、仮想通貨まで導入した(参照:『激動のベネズエラ。斜陽国家の独裁者を支持すべく、暗躍するネット世論操作の実態』:HBOL)。ラテンアメリカは世界有数のネット世論操作激戦区あるいは実験場となりつつある。

 そしてメキシコの現状にはいろいろな疑問がある。

・選挙にロシアの干渉はあったのか? それはどのような形で行われたのか? あったとすればオブラドール支持だったと考えられる。もしそうなら現在ロシアの影響は大きくなっている。

・犯罪組織と結託しスパイウェアPegasusを操っているのは政府の誰なのか? その目的は?

・ネット世論操作産業の規模と世界に広がるネットワーク、政治家、犯罪組織とのつながり

・ハッキンググループとのつながりはどうなのか? 2016年3月31日のBloomberg Businessweekの記事"How to Hack an Election"によれば前回のメキシコの大統領選挙では依頼を受けたハッカーグループが当選のためのハッキングを行っていた。昨年の選挙ではどうだったのか?

 同国のメディやジャーナリストの努力を見ていると、これらの点が繋がって線となり面として全体像が見えてくるのは遠いことではないような気がする。

◆シリーズ連載「ネット世論操作と民主主義」

<取材・文/一田和樹 Image by geralt on Pixabay>

いちだかずき●IT企業経営者を経て、綿密な調査とITの知識をベースに、現実に起こりうるサイバー空間での情報戦を描く小説やノンフィクションの執筆活動を行う作家に。近著『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器 日本でも見られるネット世論操作はすでに「産業化」している――』(角川新書)では、いまや「ハイブリッド戦」という新しい戦争の主武器にもなり得るフェイクニュースの実態を綿密な調査を元に明らかにしている

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