暴力・尋問・投獄 ベトナムの「闇」と日本が当てるべき「光」

暴力・尋問・投獄 ベトナムの「闇」と日本が当てるべき「光」

首相官邸ホームページより

 ベトナムと聞いて、あなたは何を思い浮かべるだろう? 多くの読者は、「平和な観光地」「安くておいしい食べ物」「活気のある市場」「安い服や靴」などを挙げることだろう。これらのイメージは、日本からベトナムを訪れる年間80万人以上の観光客や国内メディアが現地での体験などを根拠に築き上げたものであり、ある意味正しいイメージであろう。

◆政権批判で20年の禁固刑も

 一方で、ベトナムにはあまり語られない深い「闇」も存在する。それは、ベトナムに住む1億近くの国民が、その政府によって、基本的な自由(表現、結社、集会、信教など)を日常的に奪われているというものだ。’19年の初めには少なくとも130人が政治犯として収容されたままとなっている。これは一般的なベトナムのイメージからは遠くかけ離れた現実だ。(参照:「Vietnam National Administration of Tourism」「日経MJ」)

 この「闇」を主に作りだしているのは、数十年に渡って監視されず一党制国家を治めてきたベトナム共産党が展開している抑圧的な政策である。たとえば、今年1月にベトナムでサイバーセキュリティ法が施行された。この法律のもとでは、プロバイダーはデータを国内に保管し、ユーザーについての情報を「証明し」、裁判所の命令がなくてもユーザーのデータを当局に開示しなければならない。(参照:「AFP」)

 事実上、政府が一般ユーザーのデータにアクセスできるため、批判者を特定するのがより容易になった。これによりネット上の言論・表現の自由がいっそう厳しく規制されたのだ。実際に、同法律が施行されてすぐ、ベトナム国営メディアは、Facebookの違法性を指摘した。ユーザーが“反政府”発言を投稿するのを許したという主張である。(参照:「Viet Nam News」)

 ベトナム政府による人権侵害は政策にとどまらず、暴力行為・ハラスメント・逮捕などにも及ぶ。‘18年にベトナム各地で全国規模の抗議運動が勃発し、多くの人が経済特別区での長期リースに関する法案に反対したところ、警察は何十人もの参加者を逮捕。そのうちの多くは暴行や尋問をされた。なかには5年もの禁固刑を宣告された人もいる。(参照:「Human Rights Watch」)

 ’17年には、ベトナム共産党が支配する裁判所が少なくとも15人のブロガーや活動家に有罪判決を下した。’18年には42人が有罪宣告を受け、多くは10年を超える刑を言い渡された。環境運動家のレー・ディン・ロン氏(Le Dinh Luong)などは、特にひどい20年の禁固刑を宣告された。

 ’15年5月には、ベトナム人活動家のグエン・チー・トゥエン氏(Nguyen Chi Tuyen)が息子を小学校へ見送ったあと、見知らぬ男たちに囲まれ意識を失うまで暴行を受けるという事件が発生した。トゥエン氏の顔はひどく腫れあがり、血まみれだった。

 また、’10年に国営ベトナムテレビの最優秀アルバム賞を受賞して全国で知られるようになった歌手のド・グエン・マイ・コイ氏(Do Nguyen Mai Khoi)は、政府や政権党であるベトナム共産党を批判する歌詞を書いたことにに対する報復として、’16年5月以降コンサートの開催が中止されているほか、二度も住まいから立ち退きを命じられ、拘束までされたことがある。(参照:「The New York Times」)

◆ベトナムの人権活動家の期待を裏切る日本政府

 こうした組織的な弾圧が起きているなか、ベトナムの人権活動家たちは日本に対して希望を抱いている。なぜなら日本がベトナムの最大資金援助国であり、国家主席を含む政府の幹部たちと定期的に会談を実施しているため、ベトナム政府に対して改革を行い人権を尊重するよう圧力をかけるのに絶好の立場にあるからだ。(参照:「外務省ホームページ」)

 実際に、’18年5月には、安倍首相は当時国家主席だった故チャン・ダイ・クアンと会談し、5か月後にグエン・スアン・フック首相とも会談した。今月1月には阿部俊子外務副大臣がベトナムを訪れ、今月4日にはレー・タイン・ロン・ベトナム司法大臣が来日して会談を行っている。

 しかしながら、これらの会談はベトナムの人権活動家たちの期待を裏切るかたちで終わった。経済的パートナーシップについては話があったものの、日本政府側は政治囚をはじめベトナムの人々に対する極めて深刻な人権侵害について言及しなかった。日本政府がミャンマーなどに対しても、中国の脅威に対抗するため民主主義的価値観を犠牲に展開している「無価値観外交」がベトナムでも浮き彫りになったのだ。

◆日本政府は民主主義や人権を尊重する外交を

 たしかに、中国とベトナムは親しい隣国同士であり、ともに同じ「共産党」と名が付く政党の一党独裁体制によって支配されているものの、戦争と対立の長い歴史や傷跡も残っている。ベトナム市民の間では、中国の影響力に疑念や抵抗感が生まれており、同時にベトナム政府は最大援助国の日本との友好関係を重宝している。

 だからこそ日本政府は、人権問題に触れることでベトナムの「振り子」が中国に傾いてしまうという懸念に固執せず、その絶妙な立場を利用してベトナム市民のために声を上げるべきだ。そうすることによって、ベトナムの活動家たちは勇気づけられるだけではなく、日本政府は民主主義や人権を尊重する外交政策に向かって舵を切れるのではないだろうか。

<文/笠井哲平>

かさいてっぺい●‘91年生まれ。早稲田大学国際教養学部卒業。カリフォルニア大学バークレー校への留学を経て、’13年Googleに入社。‘14年ロイター通信東京支局にて記者に転身し、「子どもの貧困」や「性暴力問題」をはじめとする社会問題を幅広く取材。‘18年より国際人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチのプログラムオフィサーとして、日本の人権問題の調査や政府への政策提言をおこなっている

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