香港デモ現地レポート。「雨傘」から「ブラックブロック」へ

香港デモ現地レポート。「雨傘」から「ブラックブロック」へ

(撮影/清義明)

◆デモから2日後の香港市街は「嵐の前の静けさ」

 香港で6月12日に起きたデモ隊と警察の大規模な衝突は、香港のみならず世界に大きな衝撃をもたらした。

 香港のビジネスと政府施設の中心地帯である中環エリアは騒然とし、デモ参加者に80数名、警察側にも20名以上の負傷者が出た模様だ。

 6月14日の本稿執筆時点では、香港市街では平穏を取り戻しており、デモ隊がターゲットとしていた立法会(香港議会)の入り口に配備された警察官10数人には物々しさは感じられない。すでに日曜日(16日)に、またデモが呼びかけられている。平日であの数万人はいただろう参加者であるから、さらに大規模になるだろう。嵐の前の静けさである。

 香港の司法制度が中国に呑み込まれるのではないかという、香港市民の不安から、逃亡犯条例はここまでの反対運動となったのであるが、もちろんこれには前段があるのはご承知のとおりだ。2014年の「雨傘運動」と呼ばれる反政府運動がそれである。

◆2014年の「雨傘運動」を凌ぐ勢い

 この雨傘運動は約3カ月の間、香港の目抜き通りであるコーズウェイベイとモンコックで行われた。「オキュパイ」と呼ばれる非暴力の座り込み運動は、結局実るところは少なく、抵抗運動の目的であった行政府長官の選挙制度も、中国が事実上コントロールできる中途半端なもののままだ。

 雨傘運動は警察の催涙弾に、非暴力の市民が立ち向かうというコンセプトを持っていた。これには香港政府も手を焼いた。強制排除はどうしても暴力的なものとならざるを得ず、それが香港の世論を敵に回し、さらなる抵抗運動を呼ぶ可能性が否めず、さらには国際社会からの反発も予想されたからである。

 この雨傘運動をしのぐ勢いで、今回また反政府運動が巻き起こった。12日の香港島の騒乱に先立つ、一般市民を巻き込んだデモでは約100万人(警察発表では約30万人)が街頭に繰り出したという。

◆「雨傘」ではなく「黒いTシャツ」の意味

 しかし、この雨傘運動の時と、今回の逃亡犯条例の反対運動の参加者には、ひとつだけ見た目の違いがある。それはあの時に運動のアイコンとなっていた黄色い傘が見られなくなり、代わって、デモ参加者の若者が皆一様に黒のTシャツを着ていることだ。この変化について、これまでほとんど指摘されていない重要な意味合いがあるのに気づいた人は日本ではどれくらいいるだろうか。

 黒いTシャツを着ている抗議活動者の何人かにその服の意味を聞くと、SNSなどで回ってきた情報で黒い服を着ることを推奨されていたからだという。それがどこの誰が仕掛けたものかはわからない、とも。今回の運動は雨傘運動の時とは違い、指導者はいないと言われているが、それをそのまま信じるのはナイーブだろう。雨傘運動では、その主催グループはことごとく何らかの政治的な迫害をされており、その危険を避けるために、中心を持たない運動とされていると考える方が妥当だろう。その中に恐らく、黒のTシャツの意味合いをわかっているものがいる。

◆「ブラックロック」

「ブラックブロック」と呼ばれる政治運動の形態がある。もともとは黒はアナーキストのシンボルカラーである。60-70年代に新左翼の運動が高揚したのは日本だけではなく、欧州でも日本以上に大きな流れとなった。しかし、それらは日本と同じく先鋭化するに従ってことごとく自滅していった。そこから左翼運動はいったんは議会制民主主義のなかで世論を踏まえたスタイルに落ち着くか、または市民運動のスタイルに転換していったのである。

 ブラックブロックというのは、この2つのどちらにも当てはまらない政治運動のスタイルで、その多くは直接行動主義であり、政治的な争乱が起こるときに現れる。そして、テロリズムまではいかないまでも、暴力的な行動を起こすことがある。そして彼らのシンボルは黒のシャツである。

 12日の争乱を筆者は現場で取材していた。今、警察が催涙ガスのみならず、直接デモ隊を狙った暴徒鎮圧用の「銃」(と言っても殺傷能力はほとんどない、ゴムや小さな詰め物を弾にするもの)を発射する現場にもいたし、学生が警察に囲まれて組み伏せられる場面にもいた。確かにこれはやりすぎであろう。しかし、筆者は4年前の雨傘運動の時もオキュパイの現場にいたのだが、かなり今回は状況が変わっていることを指摘せざるを得ない。あの時、非暴力の象徴であった傘は今回は「武器」に変わっているのだ。

◆現地で見た「武器を手にしたデモ隊」

 香港警察は今回の催涙弾やゴム弾などを使った鎮圧について、致し方なかったと弁解している。「彼らはレンガや鉄の棒や木の板、さらには鉄柵までをも投げつけてきた。警察は自分自身の安全と立法会を守るためにしたことだ」と香港警察は説明する。そして、これは私の見てきた限りで事実である。レンガだけではなく、投石も行われた。デモ隊が後退した後には、石の礫をぎっしりと詰めた麻袋が路上に転がっていた。さらに、傘はもっと格好の「武器」となっていた。警察官には雨あられのように傘が投げつけられていた。これらは現場にいたメディアは皆見ているはずである。

 これは危険な兆候であるとしか言いようがない。雨傘デモの時はある程度は非暴力を貫く統制が効き、局地的にはあったとしても、このような全面的に暴力的な行為はなかったはずである。

 私は香港に来る前から、その事態を予測していた。彼らのどこかにいるだろう主催者……またはその賛同者がネットで配布していたデモの持ち物に、黒い服を着てくるように促してあったからだ。これはブラックブロックと同じ運動方法になるのではないか。おそらく非暴力は捨てるのではないか。そして、案の定、黄色のパラソルの代わりに黒のTシャツが、この政治闘争を象徴することになった。非暴力の雨傘から、権力への実力闘争であるブラックブロックへ。香港の民主運動のターニングポイントである。

◆「何も変わらなかった」ことへの閉塞感

 オキュパイでは香港は結局何も変わらなかったという閉塞感がこの判断を招いたと容易に想像がつく。しかし暴力は暴力を招く。国家が相手ならば、暴力の行使はより高位の暴力が発動されるきっかけとなる。

「警察もデモ参加者も同じ香港人である」。ガス弾やゴム弾が殺傷能力があるのではないかと記者に詰め寄られて、警察トップはその記者をまっすぐ見据えて言い切った。だから、同じ香港人を殺すようなことはするわけはない、ということだ。

 BBCなどのイギリスのメディアは、旧宗主国ということを忘れたかのように香港の自由の戦いをレポートし、警察の非道をレポートする。自由を求める民主運動に暴力を行使するとは何事かと。だが、その香港を150年ものあいだ植民地にし、その植民地では独立運動を弾圧し続けてきたのはいったいどこの国だろう。香港で華人に選挙権が与えられたのはごく最近のことだ。それまでイギリスは参政権を拒否し続けてきた。催涙弾にしろ、イギリスではデモなどの鎮圧にいつも使っているものではないか。催涙弾が実はイギリス製だったということが、抜け目ないメディアに調べられていたのは笑い話だ。

 香港警察は催涙弾やゴム弾は、海外でも治安維持用によく使われているもので殺傷を目的としたものでないと説明しているが、きっとイギリスでもアメリカでも日本でも、警察は催涙弾やゴム弾を警察は装備している。それを使う時は、きっと香港警察と同じ説明をするだろう。なお、日本では70年代まで学生運動の鎮圧用に催涙弾は普通に使われていたことも付け加えておこう。

 しかし、さすがにここまでの非難を浴びて、海外のメディアの注目も集まったからには、きっと香港政庁も考えざるをえないだろう。香港警察も今後はこれらの「武器」の使用について考えると説明している。

◆実現してほしくない「最悪のシナリオ」

 ここから恐ろしいシナリオが考えられる。今後のデモでは12日の争乱の人数を軽く超える人が集まるだろう。しかし、世論の反発を恐れた香港政庁は、抗議する市民と鎮圧を支持する……というか鎮圧を指示する中国共産党との板挟みになるだろう。そして、香港警察の能力を超えた事態が発生した時に何が起こるか。

 イギリスもアメリカも日本も、もし香港に何かがあってもきっと助けには来ない。もちろんメディアは香港政庁と中国共産党を非難するだろう。中国政府はこの度のデモと争乱について、一貫して西欧社会の悪影響、さらには世論操作や扇動があることを主張している。この構図にはまり込むことが良いことなのか悪いなのか、今のところはわからない。私は香港の自由と民主主義を守る闘いを支持する。しかし、先行きについては暗い予測がもたげてきて仕方がない。

 デモ隊の12日の行動と警察側の発表を照らし合わせると、台湾のひまわり運動のように立法会の占拠を狙ったと思しいところもうかがわせる。台湾では学生の国会占拠が政治を動かした。だが台湾と香港では事情があまりに違いすぎる。

 今回のデモと争乱の舞台となった行政府の隣は、巨大な中国人民解放軍在香港駐留所のビルだ。それが香港行政府のビルと並びたっている。この意味は皆わかるはずだろう。香港には独自の軍はない。ここは法的には中国なのだ。中国人民解放軍の六千人と言われる部隊は香港行政府の意思決定は受けないで行動できる。不気味な沈黙が、中環に集まる黒いTシャツの年端もいかぬデモ参加者の群れを見下ろしている。

<文/清義明>

せいよしあき●フリーライター。「サッカー批評」「フットボール批評」などに寄稿し、近年は社会問題などについての論評が多い。近著『サッカーと愛国』(イーストプレス)でミズノスポーツライター賞、サッカー本大賞をそれぞれ受賞。

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