香港で感じたデジャヴ。抵抗する民を抑圧する者の同一性<大袈裟太郎的香港最前線ルポ3>

香港で感じたデジャヴ。抵抗する民を抑圧する者の同一性<大袈裟太郎的香港最前線ルポ3>

屠夫(「人民を虐殺する者」)と書かれた貼り紙

◆「アナログ」に逃げざるを得なかった香港市民たち

 前回のルポは、私が沖縄の友人たちと位置情報を共有するところで終わったが、実はそれにも迷いがあった。香港市民たちはすでにデジタルの「次の世界」へ足を踏み入れていたからだ。

 市民たちは自分の位置情報が当局に把握されることを警戒し、電子決済をやめ現金を持ち、オクトパースカード(JRでいうsuika)も使わず切符で地下鉄に乗った。

 SNSやairdropなどの最先端のテクノロジーを使いこなした果てで、市民たちは唐突にアナログに回帰せざるを得なくなったのだ。

 ともすれば全てを為政者に監視されかねない現代の生活様式の脆弱性を突きつけられた(ちなみに彼らの情報共有はtelegramなどの高度に暗号化されたメッセージアプリが使用された)。

 また、写真撮影にも彼らはかなり怯えていた。回廊付近で撮影していた僕に女子中高生ふたり組が駆け寄ってきて、「今、撮った写真を見せてほしい、消してほしい」と泣きつかれたこともある。

 「顔は見えないように撮ったよ?」と聞くと「それでも消してほしい、中国の特定システムは恐ろしいから」と言われたので、OK I'm so sorryと消そうとすると、その少女たちがおれの記者証を見つけて、「日本から来たの? 消さなくてもいいです。そのかわり今の香港のことを日本の人にたくさん届けてほしい」と懇願された。あの震える声の切実さが、今も僕を突き動かし続けている。

◆「その日」に備えていた6月14日の香港

 14日、緊張状態は続くものの、街は表面的な平穏を取り戻していた。

 僕は朝から脚がパンパンに腫れていて、ひきづりながらゆっくり歩くしかできなかった。香港のアスファルトは日本と比べて硬いからだとの噂も聞いたが本当かどうかはよくわからない。まあ、いずれにせよ歩きすぎだ。

 あと2日に迫った「その日」に備えるため、LEEJとガスマスクを買いに行った。

 湾仔という地区であっさり手に入った。それもSNSで呼びかけて集まった情報のおかげだった。道具街には黒ずくめの若者たちの姿もあり、マスク、ゴーグル、ヘルメットなどを真剣な眼差しで選んでいた。

●香港 湾仔にて大袈裟太郎 ガスマスク購入

 彼らもまた「その日」に備えているのだ。

◆沖縄で何度も目にし、耳にしたものがここでも

 「反対派ばかりではなく、賛成派の声も聞け」沖縄にいると常にネットに寄せられるこの手のリプライが、香港では一切来ないことに気づいた。やはり日頃、ウヨ様諸君が言っている「公平性」など単なる欺瞞に過ぎなかったようだ。

 それでもやはり、沖縄でもそうしているように、法案に賛成している人の意見を聞きたいと思い、街を歩いた。

 タクシードライバーの60代の男性は、ゴリゴリの法案賛成派だった。

「中国政府はこの20年で経済を大発展させた。すごいじゃないか! 昔はみんなろくに飯も食えなかったんだ。今の中国のシステムは良いよ。多少、自由が減っても、経済が発展すればいいいじゃないか。私は中国政府は怖くない。怖いのは今の香港の若者だ。こないだのデモ? 100万人とかいうけど、マスコミは偏ってるんだよ。本当は50万人ぐらいしかいなかったはずだ」

「いや、50万人でもすごいだろ、、」と心の中でツッコミながら、僕が感じたのは圧倒的なデジャブ感だった。

 人権か経済かで民を分断する点、反対陣営を危険とする点、マスコミはデモの参加人数をごまかしているという主張。

 すべて沖縄で聞いたことのある話ばかりだった。

 なぜここまで? 同じなのだろう、、、。

 迷宮に迷い込んだはずが、そこは慣れ親しんだ迷宮だったのか?

 僕は面を食らった、、、。

 別の男性にも話を聞いた。彼も60代、職業は不詳。彼は賛成派ではないが、事実上の容認派だった。

「NO good 。法案は良いとは思えないけど、中国政府に逆らうと香港は損をする」

 これも沖縄で聞く辺野古容認派の意見とかなり重なって見えた。

 さらに他数名に話を聞いたが、街やネットの噂レベルでは、デモに参加すると日当がもらえる。というものや、CIAがこのデモのバックにいるというものもあった。

 まったく同じだ、、、。

◆類似性の根源を察し戦慄した

 アメリカと中国を置き換えただけで、今、香港を取り巻くものと沖縄を取り巻くものは、細部まで酷似していた。

 マニュアルがあるのでは? そんな憶測が頭をよぎった。それは大国が小国を支配するためのマニュアルであり、国家が市民を抑え込むためのマニュアルだ。

 しかしまさかアメリカと中国は同じマニュアルを共有しないだろう?? 旧西側陣営と旧東側陣営が同じマニュアルを共有するわけがない、、、??

いや、、、もはや中国は共産主義国では、ないのかもしれない、、、。

 先ほどの、中国派香港人たちの話を思い出してほしい。彼らが語ったのは、人権よりも経済競争優先、勝つか負けるか、自己責任の世界。日本に置き換えると竹中平蔵や維新議員たちの主張と符合するのではないか?

 中国はもう共産主義でもなければ、左でもない。民主主義を経ずに資本主義を導入した、一党独裁型新自由主義国家なのではないだろうか、、、、。

 その考えに行き着くと、鳥肌がたった。

 外国人記者クラブの空調のせいではないだろう。

 今までの固定観念が、一瞬で崩れていくのを感じた。

 日本で右だ左だなどと罵り合っていることこそが、何ひとつ価値のないオママゴトだった。世界はもう、とっくに右か左かではなく、大国の権力か個人の権利か、のフェーズに入っているのだと実感した。

 そしてこの闘いは自治のための闘いなのだ。

「香港の未来は香港人が決める」

 そのヴィジョンを香港では「民主自決」と呼ぶと知った時、震えた。

「沖縄の未来はウチナーンチュが決める」

 そのヴィジョンを沖縄では「民族自決」と呼ぶのである。

 ここまで一致することに打ち震えたんだ。

 僕の中で沖縄と香港は完全につながった。

 これは、個人の自由や権利、そしてマイノリティの自治を、大国に奪われないための闘い。アイデンティティを守る闘いなのだ。

 そして、僕はたとえ相手がアメリカであろうと、中国だろうと、日本だろうと、個人の権利対国家の権力ならば、常に個人たちの側に在り続けることを肚に決めたのだった。

◆「抑圧者」たちはいつも一緒だ

 香港警察の横で30名前後の小規模な集会に出くわした。なんとなく怪しい匂いがしたので近づくと、条例案賛成側の集会だった。

「香港工商総会」という団体が、警察署に「暴徒鎮圧おつかれ様です」的な花を寄贈するのだ。

 ああ、沖縄でもいるね、、、反反基地運動「警察、米軍お疲れ様」的な人々、、、中国バンザイ勢と日本バンザイ勢、両者は明らかに似た雰囲気を醸し出していた。両者は大国におもねる国家主義者。一見、対立する存在のように見えて、その実、最も親和性が高いように思う。

 そこを切り裂くように、ひとりの若い女性が親指を下げながら通り過ぎた。黒いワンピースのなんともカッコイイ後ろ姿だった。

 これは圧倒的な世代間闘争でもあるのかもしれない。

◆「ピクニックに行こう」

 デモを主催した若者たちは、この日、香港警察へ赴き、12日の暴動認定の取り消しと、警察の暴力の謝罪、逮捕された11名の釈放を要求したが、交渉は決裂、香港警察はゼロ回答だった。

 火がつきそうな対立はいまだに続いていた。

 香港立法会への立体回廊にはこの夜も切ないメロディアが響いていた。

 近くのケンタッキーは黒い若者で埋め尽くされ、店員はものすごい勢いでチキンを揚げ続けていた。

 僕はメディアパスを使い、立法会側に入り、ガンガン写真を撮りまくっていると、ものの3分で香港警察に囲まれた。

「あなたはもうenough(充分)撮影した。あなたの安全のためにここを立ち去れ」

 これもまったく同じことを辺野古や高江で言われたことがあるのだった。充分かどうかはこちらが決めることだ!と言い返した記憶が蘇る。

 危ないですよ、危ないですよ、と言いながら掌底をぶち当ててくるのも日本の警察だった。あと、僕のゆうちょ口座が凍結された時の郵便局側のアナウンスも「あなたの安全を守るためです」だった。

 この欺瞞に満ちたやり口。

 やはり、市民を弾圧するためのマニュアルは、警察権力や世界の為政者の間で共有されている気がしてならない。

 立法会周辺は深夜になっても、黒の若者たちが途絶えずに断続的に(ピクニック)をしていた。朝までいた者もいるだろう。

 SNSに「立法会にピクニックに行こう!」とだけ書かれた暗号めいた画像が拡散されていたのだ。

◆「明後日」が来るのが怖かった

 これは明後日のデモに備えて警察が封鎖範囲を広げようとすれば即座に座り込むという、若者たちの策のように感じた。

 美しい夜景とのコントラストが今夜も僕らを悲劇的な気分にさせた。

 「ジュリアン・アサンジの引き渡しで香港は欧米から見放された」というウワサや、「16日は香港島自体が封鎖される」というウワサも飛び交っていた。

 夜景に照らされながらLEEJが16日に関する、ある仮説を言った。

「さすが名探偵LEEJだわ。おれがプロテスターだったら絶対そうする」と僕は膝を打った。

 ただ、警察がその対策を立てないわけもないだろうとも思っていた。

 せっかくだから、と乗ってみた九龍へ向かうフェリーの中で、

 もう今日という日でこの世界のカレンダーが止まって、人々は6月14日を永遠に繰り返し続ける、なんて、非現実的なことをずっと夢想していた。

 それぐらい、明後日になるのが怖かった。

 怖くて怖くて仕方がなかったんだ。

短期集中連載:大袈裟太郎的香港最前線ルポ3

<取材・写真・文/ラッパー 大袈裟太郎>

【大袈裟太郎】

(Twitter ID:@oogesatarou)

ラッパー、人力車夫として都内で活動していたが、2016年の高江の安倍昭恵騒動から、沖縄に移住し取材を続ける。オスプレイ墜落現場からの13時間ツイキャス配信や籠池家潜入レポートで「規制線の中から発信する男」と呼ばれる。新しいメディアを使い最前線から「フェイクニュース」の時代にあらがう。

レポートは「大袈裟太郎JOURNAL」

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