バンコクっ子も知らない、バンコクの奇祭に行ってみた

バンコクっ子も知らない、バンコクの奇祭に行ってみた

長老たちは大ボスのような貫禄で儀式が始まるのを待っていた

◆バンコクっ子も知らない奇祭

 日本人の渡航先として人気のタイは、観光だけでなく在住者も多く、外務省が毎年発表する在外公館で把握している日本人の数が、日本以外では世界で4番目に多い国になる。

 近年はネットやSNSの発達でブロガーや動画配信者も多数暮らしているので、情報収集が好きな日本人は、むしろタイ人よりも多くの新スポットを発信している。

 情報配信で収益を得ている人はとにかく誰よりも先に新しいネタを掴もうと必死で、出不精な筆者になるとどんなにがんばっても後追いの情報ばかりになってしまい、誰も知らないことに出会うことはほとんどない。そんな中、バンコク都民ですらほとんど知らない、一種の「奇祭」があると聞き、バンコクの西側寄りにあるいわゆる旧市街と呼ばれる地域に行ってみた。

 結局のところ、この祭りの情報も日本人からいただいたものだ。2018年6月のこと。バンコクに拠点を置いて活動する舞台演出家の篠田千明さんから、バンコク旧市街にあるベトナム寺院で自傷行為をしながら練り歩くパレードと火渡りの儀式があると教えてもらった。

 タイの奇祭、そして自傷行為といえば、旧暦の9月に行われる「ヴェジタリアン・フェスティバル」は日本でもよく知られたお祭りだが、それはプーケットで開かれるもの。こちらは、バンコク旧市街地である。

しかし、バンコク生まれバンコク育ちのタイ人に訊いても、誰もそんな祭りを知らないほどレアなイベントである。

 そんな中、ちょうど1年が経ち、またその「奇祭」が開催されるということで、2019年6月15日、筆者はそのベトナム寺院に向かった。

◆自傷祭りが行われるベトナム寺院

 タイ王国は日本の皇室に相当する王室があり、現在の国王は10代目になる。1782年から今に続くチャクリー王朝は、当初はチャオプラヤ河の近辺が中心地だった。観光スポットでいえば「エメラルド寺院」や涅槃像やタイ古式マッサージの学校で知られる「ワット・ポー」などがある辺りだ。

 この旧市街はいくつかの運河に防壁の代わりとして囲まれている。その外側の運河沿いにあるのが「白い橋のベトナム寺院」を意味する「ワット・ユアン・サパーンカーウ」だ。正式名称「ワット・サマナーナム・ボリハーン」は現王朝3代目の時代、1800年代半ばに建立され、1906年に今の名称に変更された。

 ベトナム寺院と呼ばれるのは、ベトナム人の僧侶が建立したからだ。タイの上座部仏教は東南アジアの中でもかなりしっかりと管理されているとされる。多民族国家であり、移民流入も多かったタイにはベトナムからの移民もあり、その移民と一緒にやってきた仏教僧侶にタイはアナム・ニガーイという派閥を与えて活動を認めた。アナムとユアンは同じ意味で、すなわちベトナムあるいはベトナム人を指す。

 この寺院にいたバウアーン住職は瞑想の名人で、霊魂との交信ができるとされていた。住職は研究熱心で、輪廻から解脱する方法は霊魂との交信だと信じていたという。1946年、住職は大勢の人の前で交霊儀式を行い有名になる。そして、1948年、タイ北部のナコンサワン県のある儀式に呼ばれ、それを自分の寺にも取り入れた。

 この儀式では熱心な信者に神が降臨し、鉄串を頬や体中に刺したり、真っ赤になった炭の上を歩く火渡りを行う。今もこのベトナム寺院では毎年6月に同じことが行われているのだ。

◆観光化された「ヴェジタリアン・フェス」とはまた違うガチ感

 串を身体に刺し、火渡りをする儀式はこのベトナム寺院「ワット・ユアン・サパーンカーウ」だけで行われているものではない。そもそも北部の県で行われていたものを持ち込んでいるし、南部のリゾート地プーケット県の儀式は世界的に有名である。

 なぜバンコクのほうはあまり有名ではないのかというと、プーケットのように観光収入化がされておらず、開催日時が直前までわからないという致命的な問題もある。筆者も取材のために1ヶ月も前から寺院に足を運び、また電話で何度も問い合わせるも、祭りの日程は数日前にわかったものの(1日ではなく1週間も行われていた)、肝心の串刺しのパレードや火渡りは当日までわからなかった。

 この儀式は中国の武将「関羽」が神となった「関帝」が憑依することで霊力を身につけ、串を刺しても、火を渡っても痛みを感じないということを表している。開催日程がわからないのは、関帝がいつ降りてくるかがわからないからと寺院側には何度も説明された。参加者に話を聞くと、開催は関羽の誕生日に合わせているという。関羽の誕生日は不明ではあるが、清の時代は5月13日を誕生日としたため、おそらくそれに合わせている。

 残念ながらメインの儀式は当日にわかったので、串刺しのパレードを知った段階ではもう間に合わなかった。火渡りは目星をつけていた日にぴったりで、そちらは見学できた。

◆選ばれた者に「関帝」や「関羽」が憑依する

 この儀式では選ばれた者に関帝や関羽に関わった者たちが憑依する。串刺しのパレードや火渡りで彼らに触れたり、お布施をすることで一般住民もまた天に願いが届き、災いから逃れられると信じられている。プーケットでは毎年9月10月ごろの菜食週間に合わせて行われるが、儀式に関してはだいたい同じような考え方のようだ。

 1800年代から第2次世界大戦後までタイは移民を多く受け入れ、中でも中国人が多かった。関帝は勇ましい力が宿るだけでなく、商売関係の願いにも強いことから、中華系移民が多い地域ではこのように関帝信仰が強く、今でもこういった「奇祭」が開催される。

◆「外国人が来た!」とVIP待遇で火渡り観覧

 火渡りの日、会場を訪れると筆者らはまるでVIPのような扱いを受ける。取材申請などしておらず、ただ一般客に混じっていただけだが、主催側の人たち――主に地元の老人たちは「外国人が来た!」とテンションが上がり、なんでも好きなだけ撮影して行けと言ってくれた。いい意味で下町感があり、だからこの祭りは全然有名にならないのだなと感じる。

 境内の広場に砂が敷かれ、その上に炭で作った道が作られる。地元民たちはお布施をすると札がもらえ、そこに名前を書き、炭の上に置く。雨季のタイだったが、その日は雨が降らず、立っているだけでシャツが濡れるほど暑い。そうして、午後7時ごろ、ガソリンが炭に巻かれて火が放たれた。周囲の観客たちが逃げ惑うほどの熱気だ。

 火渡り前には選ばれた者たちに関帝などを降ろす儀式が始まっていた。上半身裸の男の周りで手持ちの銅鑼や太鼓を鳴らしまくる。正直、こんなことをされたら誰だってトランス状態に入るような気がしてならない。神が憑依すると、すかさず前掛けをつけ、関帝が祀られる聖堂へ移動する。ひと通り降臨儀式が完了し、会場へと向かう。

 燃え上がっていた火は1時間ほどで落ち着き、赤くなった炭の上を、あらかじめ並べてあった関帝などの像や神輿を抱えて歩いて行く。ゆっくりと歩く者もいれば、猛ダッシュで駆け抜ける者もいた。ある老人の足の裏を見せてもらった。炭の黒色がついているものの、火傷している様子はなかった。ひとり一度ではなく、何度か渡る。年度によっては女性や子どももいるそうだが、今回は関羽の妻役以外は男性ばかりだった。

 渡り終わると、今度は神を抜いていく。憑依者たちは像の前で何事かをぶつぶつと呟き、突然、うしろに弾かれる。一応飛び上がった彼らを受け止める人たちがうしろにつき、落ち着かせると憑依者の今年の役目は終わりである。

 プーケットでの儀式を一度見たことがあるが、まさかバンコクにも同じものがあるとは。ネット配信者の新しい情報だけでなく、こうした古い物事にも知らないことはあるのだと知った夜だった。

<取材・文・撮影/高田胤臣>

【高田胤臣】

(Twitter ID:@NatureNENEAM)

たかだたねおみ●タイ在住のライター。近著『バンコクアソビ』(イースト・プレス)

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