中米グアテマラは、なぜ「安全な第三国」になったのか? トランプの恫喝に従わざるを得ない小国の悩み

中米グアテマラは、なぜ「安全な第三国」になったのか? トランプの恫喝に従わざるを得ない小国の悩み

トランプ大統領(中央)の立ち会いの下、難民申請者に関する「安全な第三国」合意に署名するグアテマラのエンリケ・デゲンハルト内相(左)とケビン・マカリーナン米国土安全保障長官代行(Photo by Jabin Botsford/The Washington Post via Getty Images)

 中米のグアテマラがトランプ米大統領の脅しと圧力に屈して「安全な第三国」になることを受け入れた。その署名が7月26日、ホワイトハウスでトランプの立ち会いのもとケビン・マカリーナン米国土安全保障長官代行とグアテマラのエンリケ・デゲンハルト内相との間で交わされた。

◆「安全な第三国」とは何か?

「安全な第三国」とは何を意味するものか読者には説明が必要であろう。

 それを具体例を挙げて説明すると、仮にエルサルバドルから米国に移民を目指す者がいたとする。米国はその受け入れを拒否して「安全な第三国」であるグアテマラに送還できることになるということなのである。或いは、米国に移民するには事前にグアテマラで移民申請を出す必要があるということである。

 しかも、「安全な第三国」となったからには米国から送還された者に住居、社会保障、保健サービス、職場、教育などを施し、本国に送還しないこと。更に、その家族を受け入れる用意もあることとなっている。(参照:「BBC」)

 人口1600万人のグアテマラは、60%は貧困層という国民の大半が極貧にある国である。このような国が「安全な第三国」になることなど不可能である。なにしろ、この厳しい国情から逃れる為にグアテマラから今も多くの人たちが米国へ移住を目指しているのだから。

 そのグアテマラが前述したような保障とサービスを米国から送還された移民に提供する「安全な第三国」になることなど絶対に不可能でジョークにもならない話なのだ。(参照:「Prensa Libre」)

◆「国を抵当に入れるようなもの」と識者は批判

 グアテマラの「自由と発展基金」法務部長であるエドガー・オルティッツ氏は「国家を抵当に入れるようなものだ。グアテマラ市の第5地区にある宿泊所に留まっている移民に対してさえ充分な対応サービスができないでいるのに」という内容を現地電子紙「N?mada」を通して言及したという。

 また、人権擁護監察官のホルダン・ロハス・アンドゥラデはモラレス大統領のこの決定を「違憲で邪悪な行為だ」と断定した。そして「グアテマラに留まっている移民に対して最低限の保障さえ提供できないのに、この合意は人権を侵害することになる」と指摘し、「仮にグアテマラが移民の人権を侵したとしても、グアテマラの国家としての責任は問われるが、米国は如何なる意味においてもそれに応じることしないはずだ」と確言した。米国が共同責任を取ることはしないということだ。

 グアテマラ政府は交わされた合意の内容について国内では「移民保護申請の為の合意協定」という表現を使い「安全な第三国」という言及は避けているという。(参照:「BBC」)

◆なぜモラレス大統領は危険な合意を結んだのか?

 コメディアン出身で政治の素人だったジミー・モラレス大統領が、なぜこのような国家にとって危険な合意を米国と結んだのか? そこには自国民の米国への移民を容易にするという意図があった。

「安全な第三国」になるのと交換で米国はグアテマラ人の米国への移民に対してビザを発給して米国で一時的に労働を容易にするという取り決めをしたのである。先ず、その対象として農業関係での労働、そのあと建設業やサービス業にもそれを広げるとした。(参照:「BBC」、「El pais」)

 現在米国には120万人のグアテマラ人が在住しているという。その一方で、今年も既に7月の時点で31424人が米国から送還された。昨年は1年間で30138人だった。グアテマラが「安全な第三国」となって、この面でもグアテマラからの不法移民に対し緩和が見られるかもしれない。両国の取り決めにはここまでの詳細は表面化されていない。(参照:「El Periodico」)

◆モラレスの決断は「独断専行」

 また、モラレス大統領の任期は来年1月で終了する。その為、今後の人気を気にせずに思い切った決断を下せるということもある。それとは反対に8月11日の次期大統領選挙を控えて勝利の確率が高いサンドラ・トッレス候補は「国民に背を向けて秘密裏に交渉するのはもう十分だ。グアテマラ人の未来を拘束させるようなことは取り決めないで欲しい」と述べて、モラレス大統領の米国とのこれまでの外交を批判している。

 同様に前回の大統領選候補だったマンフレッド・マロキンは「モラレス政権下で米国に移民しようとする人が2倍に増えた。そして今、彼の政権終了間際になってグアテマラ移民を合法化させて、その代わり我々の国土を(米国に)手渡そうとしている」と述べてモラレス政権を批判した。

 中米の3か国グアテマラ、ホンジュラス、エルサルバドルから米国へ移民しようとする人たちが絶たないのも国は貧困で暴力が横行しているからである。それはグアテマラも同様である。

 この合意への批判は外相経験者のエドガー・グティエレスからも聞かれた。彼は「今回の合意は憲法の規定を冒とくするものだ」と指摘して、「どのような内容に署名したのか99.9%のグアテマラ市民が知らない」「国家機密でないのに、そうであるかのような扱いだった」「モラレスが何を約束したのか我々は知らないでいる」と述べて、つんぼ桟敷に置かれていることに不満を表明し「立法議会に対して重大な侵害を政府は犯している」と指摘した。(参照:「El pais」)

◆メキシコは拒否の姿勢崩さず

 トランプ大統領は前述の署名が交わされた際に、この合意でグアテマラからの移民が農家や牧場で働くことが容易になることを指摘して、「我々はグアテマラ代表と協議した。これからは合法的な形でそれ(入国)が出来る。この合意によってコヨテ(密入国の道先案内人)や密入国斡旋業者は仕事がなくなるはずだ」「彼らは悪人だ。人の不幸を利用して多くのお金を稼いでいる」と述べた。

 トランプ大統領はメキシコにも「安全な第三国」を受け入れることを要請したが、現在までメキシコはそれを拒否している。(参照:「El pais」)

 メキシコはそれに合意すると米国から送還された移民を保護せねばならなくなる。寧ろ、米国に協力していることを示す為にメキシコ南部の国境地帯に軍隊の派遣を増員させた。この成果があって、この一カ月半で中米からの移民の入国を36%減少させたという。

 また、米国の陰になってあまり注目されないが、メキシコはこの5か月間に45000人の不法移民を本国に送還している。それも「安全な第三国」になれば積極的に展開できなくなる。

◆背景には「トランプの脅し」も

 トランプ大統領は、グアテマラが「安全な第三国」になるための条件を満たすことが出来ないことを承知でグアテマラにそれを受け入れさせた。

 つまり、そうしないのであれば輸入関税を挙げるとか言って脅迫したのだ。

 トランプの狙いは唯一米国に移民しようとする人たちを減らすことである。その為には隣国を犠牲にしてもそれを達成させることである。

 グアテマラからの移民を今後正式に受け入れる代わりに、その数倍の他国の移民を米国はグアテマラに送還しようというわけである。

 トランプ大統領が米国大使館をイスラエルのテルアビブからエルサレムに移した時も、その後についてグアテマラ大使館を移したのがモラレス大統領であった。この決定の背後にも米国が今後グアテマラに対し有利な条件を用意してくれるのを望んでいたようである。

 しかも、この移転の決定をどの国よりも早く下すということも米国により印象づけることになる。モラレス大統領の耳にチェコが先ず移転の名乗りを挙げる可能性があるということが届いていたという。それで、モラレス大統領は移転の決定を早めたようである。それは同時にイスラエルからの多くの分野で経済そして技術的支援を得るためのものでもあった。

 グアテマラのような小国は売国奴とも言えるような外交を展開する必要があるのかもしれない。因みに、グアテマラは台湾と国交を結んでいる僅かの国のひとつである。

【白石和幸】

しらいしかずゆき●スペイン在住の貿易コンサルタント。1973年にスペイン・バレンシアに留学以来、長くスペインで会社経営から現在は貿易コンサルタントに転身

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