麻薬王エル・チャポ、資金をメキシコ原住民に分配することを大統領に託す

麻薬王エル・チャポ、資金をメキシコ原住民に分配することを大統領に託す

photo by DEA (Public Domain)

「麻薬王」ことホアキン・グスマン(通称 : エル・チャポ、62歳)に、7月17日、ニューヨークの連邦地裁でブライアン・コーガン判事のもと終身刑の判決が言い渡された。

 判決が下された当日の午後にはこれまで誰ひとり脱獄したことがないとされている刑務所ADXに移送された。コロラド州デンバー市から南に185q先に位置している刑務所だ。これまでの独房よりもさらに過酷なコンクリートブロックの檻の中に閉じ込められたような所で23時間点灯下、これからの余生を過ごすことになるのである。残りの1時間は運動できる場所で一人運動することが許されている。

◆エル・チャポの「贖罪」!?

 エル・チャポ自身、もうそこから出ることはないという境地に達したのか、8月19日と26日にこの刑務所に移送されて初めて彼の母親マリア・コンスエロ・ロエラ・ペレスと姉のアルミダ・グスマン・ロエラ、それに彼の子供8歳の双子姉妹が丁度その場に居合わせたので、それぞれがエル・チャポと電話交信したそうだ。その折にエル・チャポは、回収される彼のお金はメキシコの貧困原住民に分け与えるようにという意向をメキシコ大統領に伝えるように母親に依頼したというのである。(参照:「Infobae」)

 それを公にしたのはエル・チャポの弁護士のひとりホセ・ルイス・ゴンサレス・メサであった。ということで、彼の弁護団は今後エル・チャポの資産の回収もまた仕事のひとつとなったのである。

 発表内容を知ったアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール(アムロ)大統領は「その発表は喜びだ。それが本当かどうか、私は実証できない。しかし、メディアで発表されたように、グスマン・ロエラは自分の富をメキシコの原住民社会に分け与えたいというのであれば、私はそれは良いことだと思う。祝福したい」と述べた。(参照:「Animal Politico」

 更に母親との電話交信の中でエル・チャポは「そのお金は米国に属するものではない。メキシコ政府に属するもので、メキシコに返却させるべきものだ」と言ったそうだ。

◆エル・チャポの資産はどれほどのものなのか?

 さて、ここから疑問が生じるのである。果たして、エル・チャポはどれだけの資産を隠し持っているのかという疑問と、それをどこにどのようにして隠しているのかという疑問である。また、仮にそれを回収できたとしても、メキシコと米国でどのような分担をするのかという疑問。今のところ、彼の資産について明解な回答が出来る者はだれひとりいない。

『フォーブス』誌はエル・チャポの資産を120-150億ドル(1兆3200億円―1兆6500億円)と見積もっている。

 一方で、米国検察は126億ドル(1兆3860億円)と推定している。その根拠になっているのはエル・チャポと彼の麻薬組織シナロアが米国で売った大麻とコカインの量で、それを1989年から2014年までに130トン売ったことが法廷で承認されている。そのことから割り出してエル・チャポが稼いだと思われる金額を算出しているのである。この推定額について、エル・チャポの弁護士のひとりジェフリー・リッチマンは検察による推定金額をまったくアカデミックな計算による推定だとして信頼を出来ないとしている。(参照:「El Pais」)

◆いまだ謎に包まれるエル・チャポの資産

 一般に犯罪組織は会計簿といったようなものを用意して記帳するようなことはしない。それはエル・チャポに関しても同様で、利益や支払いと入金などについて書類上で明らかにされるものは何ひとつない。カルテル同士の利益の分配、公的機関への賄賂及びロジスティックな組織の更新による出費など不明なままである。更に疑問は、彼の資産と憶測されている金額から果たしてどれだけの額が実際にエル・チャポの懐に入ったのかという点も疑問だとされている。

 ただ、エル・チャポがお金を持っていることは確かである。そうでなければ、彼の為に働いている弁護団への報酬も支払うことができないはずだ。今回の公判でも彼の弁護に450万ドル(4億9500万円)の費用が掛かったはずだと推測されている。彼に資金がなければこのような高額の弁護料は払えないはずだ。

 2016年1月にハリウッドスタースターのショーン・ペンがエル・チャポの隠れ場所で彼と会見した時に、エル・チャポは「私は潜水艦、飛行機、トラック、船舶という一連の輸送手段を持っている」と語ったが、それらが今どこにあるのであろうか。また、この会見が探知されて彼の逮捕に結びつくといういわくの会見であった。(参照:「BBC」

 ちなみに、エル・チャポはフォーブスの富豪者リストに名を連ねていたことがある。最初に名を連ねたのは2009年で、その時の彼の資産は10億ドル(1100億円)と評価されて長者番付701位にランキングされた。2012年には1153位にランキング。2013年にはエル・チャポはこのリストから姿を消したのである。そこにはエル・チャポの富について正当性という意味で番付から排除する必要があるとフォーブスは感じたようである。

◆難航する資金追跡

 アムロが所見を明らかにする前に、メキシコ財務省の財務次官サンティアゴ・ニエトは、在メキシコ米国大使館並びに米国のエル・チャポに関係したすべての政府機関と協力していることを明らかにした。同氏が現在の任務に就任してからエル・チャポに関係したことだけでなく、メキシコの麻薬組織や石油の盗難組織などが開設している銀行口座について差し押さえを目的として精査していることを明らかにした。

 国際間の犯罪や腐敗などによって得た資金の押収ついては国連腐敗防止条約(UNCAC)も犯罪組織などからの資金押収を容易にする手段となっているという。(参照:「Forbes」)

 しかし、驚くべきことであるが、犯罪組織の多いメキシコで、政府が犯罪組織の資金構造がどのような形で操作されているのかという分析をこれまで怠っていたという点にも犯罪組織の資金追跡が容易でない理由だとされている。

 果たして、エル・チャポがいくらの資金を保有しているのか? それが回収可能なのか? 確かな情報は何一つない。

<文/白石和幸>

【白石和幸】

しらいしかずゆき●スペイン在住の貿易コンサルタント。1973年にスペイン・バレンシアに留学以来、長くスペインで会社経営から現在は貿易コンサルタントに転身

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