普段クラクションを鳴らさないタイ人が、何もないのに鳴らすとき。彼らがそこに見ている「もの」とは?

普段クラクションを鳴らさないタイ人が、何もないのに鳴らすとき。彼らがそこに見ている「もの」とは?

国立病院内にあった神木。病院に神木があるといろいろと勘ぐってしまいそうだ

◆日本とタイの意外な共通点

 100年以上も前からタイと日本は正式な国交があり、タイは東南アジアの中でも随一の親日国としても知られる。そのため、両国の国民らの交流は盛んで、互いの国に興味を持ち合っている。

 これほどまでタイと日本の相性がいいのは、文化的に似た部分があるからではないだろうか。同じアジア圏内であることや、大まかにいえば両国とも仏教徒が多いことなどが、案外互いの国を訪れたときにほっと一息つける要因かもしれない。

 タイも日本も仏教伝来の前は精霊信仰(アニミズム)があった点も共通している。日本は神道として民族宗教のひとつとなって確立されていったが、森羅万象に宿るとされる精霊(あるいは神)を崇める点は、神道もタイの精霊信仰も非常に似ている。

 日本では「八百万(やおよろず)の神」が、とにかくなんにでも宿っていると考えられてきた。タイも自然物には必ず神や精霊が宿っていると考え、特に樹木には守護神がいると信じてきた。タイの上座部仏教ではルッカテワダーと呼ばれる天使の一種とされ、精霊信仰では主に女性の霊が木に宿っているとタイ人は信じている。

◆タイにもある「御神木」

 こういった樹木に宿る精霊の話は多くあり、古典的な怪談でも語り継がれている。たとえば、日本では材木のひとつであるラワン材として輸入されるフタバガキ科の樹木・タキアンに宿る「ナーング・タキアン」が有名だ。タキアン女史といったような意味で、普段は宿っているタキアンの周辺を掃除している、民族衣装を着た美しい女性の姿をしている。

 また、ほとんどナーング・タキアンに似た精霊に「ナーング・ターニー」もいる。こちらはグルアイ・ターニーという野生のバナナの木に宿る。タイ女性らしく、普段の気性はおとなしく、きれい好きな霊だとされるが、木を伐採しようとしたり、周辺の土地を荒そうとすれば、たちまち人間に牙をむく悪魔のような存在になる。

 そんな精霊が宿る樹木はそっとしておいてあげることが大半ではあるものの、切り倒して家屋や船などの材木として使用することもある。そんな場合、ときにはその精霊が人間に災いをもたらすどころか幸運の女神になる。伐採されて怒ることもあれば、優しく守ってくれ続けるケースがあり、このあたりはタイの南国人らしい、都合のいい解釈でどうにでもなっているような気もする。

 とにかく、タイでは今も樹木に対する感謝や畏怖の念は強く残っている。東京に匹敵する大都会になりつつあるバンコクでさえ、そこかしこにタイ人の精霊信仰が見られるのだ。

◆街角に現れる御神木

 日本の神社などでは「神木」が祀られていて、ときにはパワースポットなどとして観光名所のひとつにもなっていることがあるだろう。タイも、先のように樹木に神が宿ると信じていることから、全土的に神木が多数見られる。

 ただ、日本と違う点は、日本の場合は神社、あるいは寺院にあるケースがほとんどだが、タイの場合は逆に寺院や祠(日本の神社に相当するもの)にある神木より、市街地、住宅街など、日常生活に密接した場所にあることが多いことだ。タイに入ってきた上座部仏教は、元々あった精霊信仰と習合していて、近隣諸国の上座部仏教とも異なる部分が見られる。それほどタイの精霊信仰は根強く残っており、しかも今でもタイ人の生活に寄り添っていると言える。

 街中にある神木には布が巻かれ、供え物が置かれている。目的は様々あるようで、家内安全や近隣の交通安全、それから商店やビジネス街に近いと商売繁盛などを祈るケースもある。共通しているのは、タイでは樹木に宿る精霊は基本的に女性であると考えられていることから、食べものを供えるには甘いものが多く、古典舞踊などで見られる女性用の民族衣装などが供えられている。

◆御神木付近を通るときの「タイのマナー」

 こういった神木や神が宿るとされる祠、それから岩などの自然物が道路に面している場合、タイ人は車やバイクで通行する際にはクラクションを3回ほど鳴らしていく。「今から通ります」あるいは「守ってください」といったニュアンスがあるのだろう。タイは銃社会であることなど様々な要因から、トラブルを極力避けるためにクラクションはできる限り使用しない。しかし、逆に精霊に対してはクラクションを鳴らしてしまうので、日本人の感覚からするとちょっと奇妙に見えたりもする。

 タイは街中に今でも不思議がそこかしこに存在している。日本も奇妙な風習や、独特で神々しいものというのはある。しかし、日本で生活しているとそれが普通に見えて気がつかないものだ。タイに来れば、その旅行自体が非日常なので、そういったことが目につきやすい。こういった霊的、宗教的な不可思議もまた、日本人がタイ旅行を刺激的に感じるひとつの理由なのかもしれない。それであれば、逆にそういった事柄に特に注目してタイを歩き回ってみるのもいいかもしれない。負の遺産を巡る「ダーク・ツーリズム」が一時期注目されたが、「ゴースト・ツーリズム」というのもひとつの旅として提案したい。

<取材・文・撮影/高田胤臣>

【高田胤臣】

(Twitter ID:@NatureNENEAM)

たかだたねおみ●タイ在住のライター。最新刊に『亜細亜熱帯怪談』(高田胤臣著・丸山ゴンザレス監修・晶文社)がある。他に『バンコクアソビ』(イースト・プレス)など

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