比ドゥテルテ大統領の「薬物戦争」。2万人超の犠牲者の声を代弁する舞台がイギリスで上演

比ドゥテルテ大統領の「薬物戦争」。2万人超の犠牲者の声を代弁する舞台がイギリスで上演

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◆ドゥテルテ比大統領による「薬物戦争」に反対するモノローグ劇

 フィリピンの人権団体である「TAO PO」は10月16日、英ロンドン大学ブルネイ・ギャラリーで、フィリピンの「薬物戦争」に反対するモノローグ劇を上演した。

 任意の寄付金のみで入場料が無料の故か、会場には開催時間前から多くの人が集まり、まるで満員電車のように人混みでごったがえしていた。

 「TAO PO」とはタガログ語で、扉をノックするときに使われる言葉であり、また「TAO」とは「人間」と言う意味であり、「PO」は丁寧語尾である。これはフィリピンで2016年から始まった政府による薬物中毒者、薬物関係者の大量殺人が、扉をノックすることもなく彼らの家に押し入り、また、彼ら薬物中毒者、薬物関係者をまるで動物のごとく射殺した事へのアンチテーゼを表す言葉でもある。

◆裁判もなく殺害される 犠牲者は2万人以上

 2016年に第16代フィリピン大統領に就任したロドリゴ・ドゥテルテ氏は、以前市長を勤めたミンダナオ島ダバオ市が彼の任期中に犯罪率を大幅に減らし、治安の改善を実現したことを買われ、大統領就任時には91%の支持率を獲得していた。

 ドゥテルテ大統領は就任以前から薬物への強い嫌悪感を示し、公約として治安改善のための「薬物戦争」を掲げていた。これは、氏がダバオ市長在任時の「ダバオ・デス・スクワッド(ダバオ死の部隊)」と類似しており、氏の暗黙の承認のもと、自警組織団が法律違反者と薬物関与者に対する私刑を行い、2005年には累計72件の殺人事件があったと報告されている。

 大統領就任後の最初に行った一般教書演説でドゥルテ氏は「国内に300万人の薬物中毒者がいる」とし、彼らを「抹殺」しなければいけないと語った。

 2016年から始まった「薬物戦争」は、超法規的殺人指令が下され、薬物中毒者と薬物売人、他その家族までもが、法的な裁判無くして、逮捕の現場で射殺された。3年間にわたる「薬物戦争」の中で、犠牲になったのは2万人に上るという。

 その標的となったのは都市部の貧困層だ。彼らの中には貧困ゆえに、市場価値の高い薬物売買に関わるものもいる。鶏が先か、卵が先かのような議論だが、貧困地域には犯罪が集中しやすい。しかし、ここで問題なのは犯罪、なのではなく、その温床となる貧困、なのではないだろうか。

 夜な夜なヘルメットを被った警察、または警察官から指示を受けた自警団(それも一人殺すと2万ペソ(約4万4000円)の報酬がもらえる)が家に押し入ってきて薬物に関わった者と、時にはその家族までを射殺する。このような非人道的な行為が今もなお日々行われている。

 無論、国連や国際人権団体アムネスティ・インターナショナルから幾度も虐殺の即時中止を求める声が上がっているが、ドゥルテ大統領は反発を示し、2019年3月に国際刑事裁判所(ICC)から正式に脱退している。

 ちなみに日本の安倍晋三首相は2017年のフィリピン訪問の際に、「薬物戦争」の支持を表明し「更生施設の設備投資」として、5年間で800万USドル(870億円)の支援を確約した。安倍首相は「薬物戦争」の大量殺人については沈黙を貫いている。

◆「犯罪者」と括られてしまう被害者

 「TAO PO」では数々の受賞歴を持ち、自身も政治活動家である女優マエ・パナーが一人芝居として、4人の「薬物戦争」に関わったキャラクターを演じる。

 「薬物戦争」の犠牲者の写真を納めた写真ジャーナリスト、夫と息子を亡くしたズンバ・インストラクターの中年女性、自警団として殺人に関与したショット・マン、両親を無くした孤児。それぞれの立場から描かれる物語は心を打たれる。涙なしには観劇できないだろう。

 全てのストーリーが実在する人物から構築されており、劇場外の待合スペースには写真ジャーナリスト、ラフィー・レルマ氏による実際の写真が布にプリントされ、まるで洗濯物のように展示されていた。

 物語の最初の登場人物、マエ・パナー演じるレルマ氏はフィリピンの新聞会社で首都マニラ中心部をメインに担当する写真家として12年間働いていたが、「薬物戦争」の後、独立しフリーランスとして活躍することを決意。これは、フィリピン世論がドゥテルテ大統領の政策に好意的のため、「薬物戦争」の被害者の写真を撮り続ける事への風向きの強さを示唆している。

 第二幕では、パナー氏は陽気で明るいズンバ・インストラクターに扮し、ズンバを踊りながら、夫と息子との思い出を語り始める。当初は文脈が不透明だったが、徐々に彼女の夫と息子が夜な夜ないきなり家宅侵入してきた覆面の人物に射殺されたことが判明する。これは後に主催側との話でわかったことだが、この物語は被害者が「犯罪者」と言う括りになっているため、公に家族を失った悲しみを表せない、またいかに悲しみに暮れようとも日々の生活のために働かなくてはいけないリアルな女性の話である。

◆一人殺して約4万4000円を稼ぐショット・マン

 第三幕は、自警団として殺人に関与したショット・マンの物語である。ある日警察に呼び出され「いい仕事がある。血は大丈夫か?」と聞かれ、「自分は豚や鶏を食用のために殺したことがある、大丈夫だ」と答えたことから、自警団として人を殺めることになった。一人殺したら2万ペソ(約4万4000円)。フィリピンの物価を考えたら高額だ。特に貧困層ならなおのこと。

 とある家庭に押し入って、夫婦を射殺した後に子供を殺すことをためらっていた際、「ここでこの子供を殺さないと、こいつが大人になったら復讐しに来るだろう」と言う名目で4歳の子供までも殺害。ここで子供までもが犠牲になったことが浮き彫りになる。

 第四幕は、両親を亡くし孤児になった少女。ブロック状の共同墓地の前で「薬物戦争」の犠牲になった人々にキャンドルを捧げる。彼女の両親も、夜に突然現れた覆面の人物に射殺されたのこと。また、あまりにも犠牲者が多いので、両親の死体は切断され、1つのブロックに押し込まれたと言う。「死んでも一緒だなんてね」と、彼女は両親を哀れむ。亡くなった人々の名前を叫びながら、キャンドルに火を灯す少女。ここで示唆されるのは1つの村で何人も殺され、その数が膨大、と言うことだろう。

◆イギリス政府もドゥテルテ政権に武器を供給している

 以上のような心に突き刺さるような劇の後、会場はマエ・パナー氏、人権団体の女性、そして実際に自身の子供を「薬物戦争」で亡くした女性二人を迎え質疑応答の時間となった。

 今回の「TAO PO」は「薬物戦争」の残酷さを国際的に広く認知してもらおう、とのことでスイス、オランダ、オーストリア、イギリス、ドイツを巡回している、とのこと。ヨーロッパにもフィリピン系移民は然り、このような反人道的行為に問題意識を強く持つ人は多い。

 会場から出た質問には「フィリピン国外に住むフィリピン人として何かできることはあるか」と「このような反人道的行為に対し何かできることはあるか」とドゥテルテ大統領に対するフィリピン国外の連帯の強化を求めるようなものがあった。

 自身の息子を亡くした、と言う女性は「私たちは貧困です。どんな非道なことが起きようとも、今日明日の家族の食料のことを考えてながら生活していたら強靭な政府相手に立ち向かおうなんて思うことなんてできません。金銭的なサポートをしてくださったら本当に助かります」とのこと。聴衆の座席には寄付金用の箱が回され、筆者の隣の女性は20ポンド(3000円)札を入れていた。勿論、筆者も手元にあった小銭を全て入れた。

 女性は話を続けた。自身の殺された息子の写真を私たちに向けながら。「私の息子の将来の夢は警察官でしたが、警察に殺されてしまいました。息子は薬物に関わっていません。たまたま警察の検問所を許可なく通過してしまった瞬間、射殺されてしまったのです。目撃者もたくさんいましたが、彼らは政府を恐れて何も言いません。家族や友人、色んな人に止められましたが、私は正義を信じています。そのためにこの活動を続けています」と。彼女の力強いスピーチに会場からは拍手が溢れた。

 一方で、とあるイギリス人男性の発言は会場に緊張感をもたらした。

「私はフィリピン国外で一番のドゥテルテ大統領の支持者だと自負しております。今、この場で話をするのにとても緊張しています。実際に被害にあった人達の事を考えるととても遺憾です。しかし、その一方でドゥテルテ大統領によってフィリピンの犯罪率は減っております。また、フィリピンは政府機関の汚職が大変多いですが、ドゥテルテ大統領はそれに関しても積極的に問題解決に注力しています」

 このコメントに対しマエ・パナー氏はまずこう返答した。「あなたの素直な意見に感謝しております。私たちの意見は反対ですが、あなたが今日来てくれたことに感謝しております」と。人権団体の女性が話を続ける「ありがとうございます。確かにフィリピンは政治家の汚職や犯罪率が高い国です。ですが、だからと言って残虐にも法的な判断無しに人を殺すと言うことは許されるべきではないです。また、今まで政府関係者の中に薬物取引に関与した、と言う事実がリークされております。絶対的に政府のやっていることが正しいとも言えないのです」

 その後にはこのようなコメントが続く。別のイギリス人男性は「今回のことで思い出したのは、これは『貧困戦争』だ。アムネスティ・インターナショナルも『貧困戦争』と称していたと思う。薬物を大義名分に貧困層の居住地を襲い、社会的マイノリティの人々を排除している。また、英国政府もこれに加担しフィリピン政府に大量の武器や監視装備を供給している。私たちはもっと大きな問題を抱えているのかもしれない」と。彼の言葉に会場が拍手喝采し、Q&Aセッションは幕を閉じた。

◆これは植民地主義の問題でもある

 閉幕後、会場外で同席していたイラン人の友人と立ち話をした。

 「イランでもそうだが、結局ヨーロッパをはじめとする先進国が“南”の国々を侵している。結局、植民地的な価値観というのは根強く残っている。」と彼女は言う。

 「グローバルサウス(南)」と「グローバルノース(北)」という学術用語があるが、この二項対立は経済・政治・文化等、社会の色々な側面で如実化してくる。

 第二次世界対戦以降の各国の脱植民化により、実質上の直接的な植民地支配は終焉したと思われているが、その遺産は未だに世界各国に如実に残っている。いわゆる「先進国」と「発展途上国」が世界地図上にそれぞれ、北と南に集中しているため、このように南北の問題と言われる。

 南に位置する発展途上国は紛争や貧困問題に悩まされ、北に位置する先進国から経済・政治的援助を受けているという構図だ。「援助」という言葉を使うと一見、良さそうに聞こえるかもしれないが、直接的に言えば「先進国」の国々が「発展途上国」の政治・経済に口出しをできてしまう、また「発展途上国」もそれに依拠しそれによって国内の政治・経済を「先進国」の都合のいいように変えてしまう、不均衡な関係である。

 今回の「薬物戦争」も一見はフィリピン国内の浄化政策のように顕在化しているが、その裏でフィリピン政府を支援しているのは「北」側の国々、つまり先進国である。前述したが、日本もフィリピン政府に5年間で800万USドル(870億円)の経済支援を約束している。「薬物戦争」が「貧困戦争」であるとすれば、フィリピン国内でその被害を受けている人たちからしたら、それはフィリピン国内における経済格差、そしてそれ以上に南北の世界経済の格差、という二重の意味で周辺化されてしまっているのである。

 いくら犯罪率の軽減を目的としていてもこのような大量殺人が許されていいのだろうか。人の命は皆同等に等しくあるべきではないのだろうか。「TAO PO」(人間です)は、そう私たちに訴えかけている。

<取材・文/小高麻衣子>

【小高麻衣子】

ロンドン大学東洋アフリカ研究学院人類学・社会学PhD在籍。ジェンダー・メディアという視点からポルノ・スタディーズを推進し、女性の性のあり方について考える若手研究者。

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