「警察に殺されたら、誰に電話すればいいの?」チリと香港で感じた「政府による暴力」

「警察に殺されたら、誰に電話すればいいの?」チリと香港で感じた「政府による暴力」

デモにて「チリでは今だに拷問を続けている」と訴える国民。これは、政府をはじめとする警察や軍人の違法逮捕、デモ中の催涙ガス、さらには拷問に対する訴えだ。Chileが$hileと書かれているのは、水道の民営化、年金システムなどを国や政府が「利益のために売っている」と訴える国民が、色々なところに書いている。

◆ピノチェ独裁政権以来の「外出禁止令」

 チリでは、10月19日から政府が「緊急事態」(Estado de Emergencia)と断言をし、同月27日の午前零時まで、外出禁止条例(Toque de Queda)と緊急事態宣言が発令されていた。

 物事の始まりとなったのは、石油の値段によりメトロが30ペソ(約5円)上がった事により、学生がデモを始めた。

 それを機に、OECD(経済協力開発機構)一の格差国であるチリの、様々な格差の原因に対し国民が声を上げ続け、10月25日金曜日には中心部のPlaza Italiaに140万人以上が集まり、チリの歴史上最大のデモがサンチアゴで行われた。

 だが、国民の声が上がれば上がるほど、「政府による暴力」も増えている。

 実際、今チリで何が行われて何が問題なのか。国民が何を訴え、何を恐れているのか。

◆政府による暴力

 世界中のニュースを見ると、今のチリのデモは「暴力」「危ない」という言葉で表されているだろう。放火が繰り返されていたり、強盗や死人も出ていると報じられているからだ。

 しかし、チリの人権委員会、INDH Chile (Instituto Nacional de Derecho Humanos) によると、現時点(現地時間10月31日午前23時)には逮捕人数4271人、病院に搬送された人数1305人、そして政府に対する損害賠償(殺人・性暴力・拷問)が167人とされている。つまり、なかなか表には出ない「政府の人権侵害」が横行しているのだ。

◆実際何が起こっているのか?

 現在チリでは、「もうメディアは信用できない」「テレビをつけるな」「メディアは政府に買われた」とデモ参加者が口を揃えていう。「反大手メディアデモ」が、デモの一つとして行われているのも事実だ。

 ここで説明したいのは、毎日様々なデモが同時進行されている。「ピニェラ大統領の辞任」を求めるデモがあれば、医学生や医学関係者は厚生省(Ministerio de Salud)の前で、「チリの公共医療制度に問題はない」と断言した健康大臣(Ministro de Salud)のMa?alich(マニャリック)の辞任を求めるデモ、または水道の民営化の廃止を求めるデモが同時に進行されていたりする。

 この他には安全で合法な中絶を求める、南米アルゼンチンで始まったムーブメント「Ya Aborto Legal」のシンボルである緑のバンダナを身につけ、声を上げる人もいれば、最低賃金や年金制度の見直しを求めるデモも行われている。

 メディアへの不信感が高まる中で、今チリの独立したメディアPIENSA.PRENSA (香港の非営利団体HK FREE PRESSのチリ版)などが、国民が訴える場所で必死に真実を自分たちのメディアやSNSを通し拡散している。

 10月22日にシェアされたのは、Juventudes Comunistas de Chile (チリの共産主義の学生団体)のアクティビストが三人、警察によって家から引きずりだされ、拷問を受け、逮捕されたことだ。

 ツイッターでアクティビストの一人、Valentina Mirandaはこう語った。

「Gracias a todas y todos por sus muestras de apoyo ante mi detenci?n ayer junto a mis compa?eros Pablo y Ana?s,

La violencia desatada por este gobierno contra quienes nos manifestamos leg?timamente no va a callar la voz de un pa?s que se cans? de tanta injusticia」(昨日、同じ団体のパブロとアナイスと私自身の逮捕にあたりサポートや応援の声を感謝します。法に反する事なく声を上げる私たちに対し、行われた国の暴力は、不公正な制度に疲れた私たちを消して、黙らす事はできません)(Valentina MirandaのTwitterより)

 さらには、SNSの力により、家から引き出されるアクティビスト、政治色関係なく人権侵害に対し発言するアクティビストを逮捕する様子も拡散され続けられている。

「発言の自由」が守られるはずの国で、政治的な主張をしているアクティビストが無断に逮捕されている事に対し、アクティビストのValentinaをはじめとする多くの人が国を起訴している。

 平和なデモでも、催涙ガスを容赦なく投げる警察、ライフルを持って街を歩いている軍人、さらには警察により殺害されたチリ人たち。これ以上犠牲者を出したくなくても、その命が無駄にならないようにチリ人たちは声を上げ続けているのだ。

◆垣間見えた「希望」、そして「絶望」

 その中で、少しチリの国民に対し希望が訪れた。それは、国連の人権委員会がチリの現状に対して声を上げ、チリに人権委員会や人権NGOがくるという事になったのだ。

 そして10月28日、これを機にチリ政府は「緊急事態」を取り消し、外出禁止条例をなくした。希望、になるはずだった。しかし、同日に、来ることになっていた人権委員会が来ないというニュースが流れたのである。希望から一転、国民は絶望に突き落とされたのだ。

 外出禁止条例が最後に発令されたのは、1973年から1990年のピノチェの独裁者政権以来のことになる。しかし、今のチリもピノチェに近い保守派の政権であり、軍人や警察に対し恐怖を抱いている。

 さらには行き先が未だ明確でない4000人を超える逮捕された人達、日に日に増える「家から引きずり出される活動家」などのニュースに、人権やフェミニズム、動物愛護のアクティビストである自分も、正直恐怖を抱いている。

 そして、11月に行われる予定だったAPEC (アジア太平洋経済協力)の首脳会議、12月に開催されるはずのアクティビスト、グレタ・トゥーンベリさんも参加予定だった環境会議「COP25」の開催を中止する事をチリ政府は30日に発表した。

 ピニェラ大統領の発表により、一気にまたチリの中で「絶望」が増したのであった。

◆平和なデモを覆す引火や強盗

 チリのデモは平和だ。「Manifestacion Pacifico」と言われ、歌や音楽、ダンス、を通し国民が自分たちの方法で、今の社会への不満を訴えている。

 国民は銃も持っていなければ、催涙ガスも何もない。自分たちを守る盾すらない。

 デモでは様々な歌が歌われている。「Chile Despert?」(チリは起きた)と数万人の人と歌ったり、「El Pueblo, El Pueblo, El Pueblo donde estan? El Pueblo estan en la calle pidiendo Dignidad」(国民よ、国民よ、国民はどこにいるの? 国民は、尊厳を求めて、道にでているよ)と歌っている。

 医学部生は、重曹入りの水やレモンでデモ参加者を支えたり、アーティストは楽器や歌を使い、自由や変化を求めている。

 しかし、ニュースで伝えられている通り、放火や強盗が後をたたないのも事実だ。

 デモに参加していると、煙の匂いがする。あたりを見渡すと、ゴミ箱やベンチ、様々なものが燃えているところを見かける。さらには10月28日には、デモ参加者と一部数人が、ビルを二つも燃やしてしまった。

 私は暴力も、強盗にも賛成はしない。そういうことを起こす人は、正しく法によって裁かれる義務もあると思う。賛成はしないが、だからと言って国の暴力にも賛成をしない。

 だからこそ、抗議をする側が放火をしたり強盗をすることは、「国が起こす暴力」を正当化してしまう行為であり何十万人もの訴えを台無しにする行為になるので、決して許せないことだ。

 こうして、暴力を起こす人がいるから、国もそれに対し「反論」をし、平和なデモ隊に対する暴力、アクティビストの違法逮捕などを、正当化しているのだ。

 ただ、その一方で、警察や軍人は卑怯だと思ってしまう。目の前で、声を枯らしながら訴えている国民の問題を肌で感じて生きているはずなのに、一部の暴徒化した人を鎮圧するという理由で、暴力的な弾圧を自分たちの中で正当化し、罪のない国民に銃をつけつけているからだ。

◆警察に殺されたら、だれに電話すればいい

 Facebookで香港のデモの写真を見た。その写真には、香港のどこかの壁に

「If the Police kills us, who do we call?」(警察に殺されたら、だれに電話すればいいの?)

 と描かれたグラフティが映っていた。

 国民を守る政府や警察が起こす暴力に、国民はどう戦えばいいのか。誰に助けを求めればいいのか?その言葉を見たときに、改めて現状の深刻さ、そして恐怖を覚えた。

 でも、敵は警察でも、軍人でも無い。

 確かに、こうして「軍人や警察は死ね!」と言ってしまうのは簡単だ。「敵」を識別することができると、訴える相手、戦う相手ができるから。

 だけど、実際意思決定をしているのは誰なのか、問題の根本がどこにあるのかを考えると警察や軍人は敵ではない。むしろ、彼らも被害者だ。

 警察や軍人だって、命を落としたり怪我をしている人がいる。だけど、本当に彼らをそこに置いている人は? 痛くもかゆくもないだろう。

「軍人だって、警察だって人間だ」そう考えると、戦う相手は「人」ではなく「社会」であることを再認識し、広めなければならない。なぜなら、そうしなければ問題はなくならなければ、犠牲となる人が増えるばかりだからだ。

「Pacos Escucha, Unete la Lucha」を歌う時がある。それは「警察よ、聞いてくれ。一緒に戦おう」という意味だ。

◆「日本も”起きて”ほしい」

 現在チリや香港で行われているデモは決して他人事ではない。格差のない国なんてなければ、レバノン、ボリビア、エクアドル、世界中で今国民が「起きはじめている」。

 先週金曜日に行われた、チリの歴史最大級のデモで、「Chile Despert?」(チリは起きた)と歌う国民を見た私は、思わず涙を流してしまった。

 これだけ問題があっても、戦っている国民がいる。国を作っているのは「人」なんだ、ということを改めて感じた。

 日本でも、おかしな問題はたくさんある。だけどその問題の存在すら気づいていない人が多すぎる。今の日本をみると、日本を作っているのは誰なのか、なんなのか、考えてしまう。だからこそ、このムーブメント、を私は日本でも起こってほしいと思っているし日本の国民にも「起きてほしい」と強く思った。

?<取材・文・撮影/山本和奈>

【山本和奈】

やまもとかずな●一般社団法人Voice Up Japan代表理事、Educate For創始者・代表。学生時代に経済と政治を学び、チリの格差やイデオロギーを卒論のテーマに選んだ。現在はチリにて、ブロックチェーンの開発や暗号資産に関わっている

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