タイに「煽り運転」という言葉はない!? その理由は煽り運転以上にヤバかった

タイに「煽り運転」という言葉はない!? その理由は煽り運転以上にヤバかった

バンコクは渋滞がひどく、ときどき割り込みなどでトラブルが起きる

 毎年、メディアでは様々な悪質運転が取り沙汰される中、2019年は「あおり運転」が特に目立った。タイをはじめとした東南アジアにもあおり運転は存在するが、「あおり運転」に相当する言葉がないのだ。

◆車間距離の取り方が日本とは大きく違うタイ

 日本で最近動画サイトなどで告発されるあおり運転なら、むしろタイでは日常的に起こる。そもそも、タイでは車間距離の取り方が日本とは大きく違う。

 日本もタイも法令では「車間距離を取る」ことが義務付けられているが、日本には罰則があるがタイの法令にはそれがない。

 さらに言えば、タイは運転マナーが非常に悪い。極端な話、タイでは運転手は誰しも「警察さえ見ていなければ違反しても問題ない」と考えているほどだ。そんな事情もあって、高速道路においても日本より車間を詰めて走る傾向にある。下手に車間があると急ハンドルで割り込まれ、逆に危険だからである。

 日本から見れば「車間不保持」が普通のタイではまず車間に関することはあまり語られない。もちろん、ネットでは車間の重要性を訴えるサイトもある。しかし、そこでは日本で一般的に推奨されている「2秒ルール」や「時速100キロなら100メートル」などと紹介するサイトもあるにはあるが、中には100キロでも30〜50メートルを取ればいいとするサイトもあるほどだ。

 100キロで30〜50メートルの車間はさすがに危険だ。日本の警察庁がネットで公開する資料「速度による停止距離」によれば、時速80キロでも停止距離(空走距離+制動距離)が60メートル弱だ。おそらくタイのウェブライターは2秒ルールを見て、時速100キロは2秒間で約56メートル進むと計算し、注意していればもっと短くて済むとでも考えたのではないだろうか。

 というわけで、普段からびたびたに前車にくっついて走るタイでは、あおり運転ともなれば数センチまで近づかないと成り立たないほどだ。また、厄介なことにミラーをまったく見ていない運転手も多いので、あおったところで気がつかれないということも多々ある。

◆運転免許の取りやすさもマナー低下の原因

 また、タイでは運転免許証が簡単に取得できるので、たとえ学科や実技試験を受けていても、運転手の技量は全体的に低い。先にも書いたようにミラーを見ない人もいるので、幅寄せや割り込みは日常茶飯事であり、またクラクションを鳴らしてもなおミラーを見ないために突っ込んでくる車をよく見かける。

 南国らしさもときに危険だ。タイが観光やビジネスの渡航先として人気なのは、タイ人のおおらかな気質も理由のひとつにあるだろう。しかし、このおおらかさが悪い方向に出ると、それはすなわち後先を考えないということにも繋がる。特にタクシーやバン型の長距離バスの運転手、ピックアップトラックの運転手に多い。彼らに共通するのが、自分の車ではない、ということだ。自分のものではないので、ぶつかって傷がついたところでどうだっていいと考えていると見られる。

 この手の危険運転は、たとえば運転中に気に入らないことがあったとき、相手の車の前に回り込み、急ブレーキを踏んで嫌がらせをするなどがある。市街地のさほどスピードが出ていないところであればまだしも、時速120キロで走る車の前に回り込み、白煙が上がるほどブレーキを踏む輩もいる。筆者も何十回とそういった場面を見てきた。なにも考えていないからこそできる嫌がらせだ。

 また、タイは貧富の差が激しい。毎日の食事にありつくだけでも精一杯の人々がいる中で、1日に1億円を遣ってもなんとも思わない階層もいる。そんな富を牛耳る富裕層、軍や警察、政治家など権力があるなどの特権階級の人たちが、一般階級の人々の運転が気に入らなければ危険運転で襲いかかってくる。近年だとSNSの発達とスマートフォンの普及で一般市民の声が広まるようになったことから、富裕層などのアンタッチャブルだった層が悪さのできない世の中にだいぶなったが。

 これくらいが「日常茶飯事」なので、「煽り運転」に該当する言葉がないのである。しかし、実はそれ以上に深刻な問題もあるのだ。

◆「銃」社会では、煽り運転どころじゃない事件にまで

 日本で言うところのあおり運転が「日常茶飯事」のタイ。しかし、それらのあおり運転がより深刻なトラブルになる要因がある。

 それが、以前にも書いたが、タイが銃社会であるという点だ。

 タイは銃社会で、誰がなにを車内に隠しているかわからないという怖さもあるのだ。数年前には、空港へ出勤しようとしていたタイ人が運転中に高速道路でなにものかにあおられ、後ろから発砲された事件もある。死傷者はなかったものの、いつ何時、こういったことに巻き込まれるかわからない。

 だから、タイでは交通マナーが悪いわりにはクラクションはあまり使われない。日本と同じで、クラクションもまたトラブルの元であり、相手がどんな人が見えない以上、ちょっかいを出さない方が無難なのだ。

 このように元は小さな誤解やちょっとした煽り運転だったものが、最悪は殺人事件にまで発展する。そのため、煽り運転そのものが霞んでしまうのである。それがタイの危険運転の現実だ。

 もちろん、誰にも迷惑をかけず、紳士的に運転していればトラブルに巻き込まれることはまずない。ミラーなどで周囲を確認し、危なそうな輩が来たと思ったらさっと道をあけてあげれば危険運転の被害のほとんど避けることができるのは日本と同じである。

<取材・文・撮影/高田胤臣>

【高田胤臣】

(Twitter ID:@NatureNENEAM)

たかだたねおみ●タイ在住のライター。最新刊に『亜細亜熱帯怪談』(高田胤臣著・丸山ゴンザレス監修・晶文社)がある。他に『バンコクアソビ』(イースト・プレス)など

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