タイの電車、優先席のシールには老人・子供・妊婦・身体の不自由な方ともう一つ何が描かれている?

タイの電車、優先席のシールには老人・子供・妊婦・身体の不自由な方ともう一つ何が描かれている?

BTSは日本の電車よりも車両自体が小さく、連結車両数が少ない

◆新型コロナ禍でもあまり減らぬ訪タイ邦人

 タイは日本人リピーターが多い。さすがに現在は、タイも新型コロナウィルスの影響で観光客が激減している真っ最中。今年1月には100万人超の訪タイ者があった中国人は翌2月には17万人レベルと、85%近くも入国者数が激減した。しかし、それでも日本人は1月は16万人レベルで、2月はわずか2万人減の14万人台に留まっている(タイ入管発表資料参照)。

 日本人がタイを好む理由は様々あるが、食べものがおいしいこと、観光スポットが多いこと、常夏でいつ来ても気温が高いこと、そしてタイ人の気質がいいことが挙げられるだろう。悪く言えば適当ではあるが、おおらかなところや親切で優しい人が多いので、タイ人が好きでタイに再びやってくる人もいる。

 実際、タイは微笑みの国とも言われ、見ず知らずの人でも目と目が合えば優しく微笑み合う。ベトナムやカンボジアは環境的には似たような国だが、この国々にはそういった習慣がないので、知らない人に微笑むことは滅多にない。ただ、タイ人の微笑みは人間関係が複雑でシビアなタイ社会における処世術のひとつで、微笑み自体に相手を思いやる気持ちはほとんど含まれていない。

◆「電車で席を譲る」のが当たり前になっているタイ

 しかし、現実的に、タイ人に優しく、親切な人が多いのは事実だ。それをよく目にするのが電車の車内である。

 首都バンコクの中心地をBTSあるいはスカイトレインと呼ばれる高架電車、そしてMRTもしくはバンコク・メトロと呼ばれる地下鉄が走っている。BTSは1999年12月に、MRTは2004年7月に開通。両社とも開通当時は敷設距離が短く、また料金も割高に感じられたため乗客が増えず、赤字運行が続いた。しかし、現在に至るまで延伸工事が着々と進み、物価が上がってきたことで運賃があまり高いものではなくなってきたことから、日本のように朝夕はラッシュになるほど混雑してきた。日中もそれなりに乗降客数がある。

 そういった車内では常にタイ人が席を譲り合っている姿が見られる。日本の場合、優先席以外では席を譲ることはないし、ひどい場合では優先席に座ったままその席を必要とする人を無視する健常者も見受けられる。また、日本では子どもはあえて立たせるという考えを持つ人も少なくない。

 タイでは混雑した電車に小さな子ども、お年寄りが入ってくると、ドア近辺の人がすぐさま立って席を譲ることが当たり前だ。近年はスマートフォンに目を落としていて気がつかない人もいるが、それでも誰かが必ず立ち上がるし、場合によっては立っている人が席を譲るように促す。そして、それを無視することなく、さっと誰かが立つ。

 タイの電車に大きく優先席とステッカーが貼られるようになったのは2019年からだ。それ以前から小さくステッカーはあったが、そんなものが必要ないほど譲り合いが定着していた。この日本との譲り合いの精神の違いは一体どこから来るのだろうか。

◆以前の庶民の足、「バス」の劣悪さが譲り合いの背景に!?

 バンコクにBTSが登場したのは1999年12月。つまり、たった20年前の話である。それ以前の大量輸送交通機関と言えば、都内に何百という路線網が敷かれた公共バスだった。エアコンなし、エアコン付きなどいろいろな種類があり、経済レベルによって使い分けることができた。

 これらのバスはタイ運輸省に関連した公社「バンコク大量輸送公社」が管理・運営している。一部の路線は民間に委託することもあるようだが、公社直轄であってもバスの運転マナーがひどいというのが、今も昔も変わらない状況である。

 バスは運転手と車掌の2人1組で運行される。基本給はあるものの安く、それとは別に、乗客を乗せて切った切符分の何割かが運転手と車掌の取り分として得られる。そのため、できるだけ多くの手当を得ようと大量に人を乗せるし、同じ路線内でも我先にとバス停に向かうため、競走となる。自然、運転マナーが悪くなり、ひどいときには事故も起こってしまう。ちょっとした接触事故ならいいが、死亡事故だってかつてはよくあったことだ。

 近年は法で取り締まるようになったのであまり見なくなったが、バス停では急ぐために完全停車しない。そのため、乗客は飛び乗り・飛び降りの必要があった。また、走行中にはドアを閉めずに走ることもしばしば。死亡事故は起こって当たり前の環境だ。

 そんなバスに老人や子どもが乗るとまず立ってはいられないし、転倒あるいは転落する可能性もある。だから、バンコクのバスではそういったバス車内弱者が乗ってくると、若い男性らが率先して席を譲り、半ば強引に座らせることが普通だった。

 おそらくその習慣が残っていて、電車でも誰もが頭で考えず、身体が勝手に動くように席を譲るのかもしれない。

 また、もうひとつ、日本と違う点がある。日本の場合、特に老人の中には席を譲ろうと立ち上がる若者を怒る人もいる。「自分はまだ年老いていない!」という感情なのだろう。タイは譲られる側もその好意を素直に受け取る。だから、タイには譲る側に「怒られるかもしれない」という恥ずかしさが存在しない。この違いも大きいのではないだろうか。

◆優先席シールに描かれるタイならではの……

 そんなBTS車内の優先席には日本と同じように老人や妊婦、ケガ人もしくは身体が不自由な人、子どもの絵が描かれているが、ひとつだけ決定的に違う人物像もある。僧侶だ。ご存知のようにタイは敬虔な仏教徒が多い。そのため、僧侶はタイ社会において大切で重要な存在だ。だから、優先席に座らせる。これはバスも同じで、やはりドアの横の席は昔から僧侶の優先席であった。

 僧侶を優先席に座らせる事情はもうひとつある。タイの僧侶は女人禁制という事情だ。たとえ自分の意思でなくとも、僧侶は女性に触れることは許されないので、周囲が配慮して席に座らせるのである。

 2019年から優先席ステッカーが大きく貼り出されるようになったBTSだが、あそこまで大きく派手に貼られると、心理的になかなか座りにくくなり、混んでいても優先席だけ空いていることが多くなった。必要な人が来たら譲ればいいだけの話だが、気持ち的に座りにくい。中には老人なのにこの席を避ける人がいるので、正直、逆効果にしか見えないのである。これまで通り、一般タイ人の善意に任せておけば、なんら問題なく回っていたような気がしてならない。

<取材・文・写真/高田胤臣>

【高田胤臣】

(Twitter ID:@NatureNENEAM)

たかだたねおみ●タイ在住のライター。最新刊に『亜細亜熱帯怪談』(高田胤臣著・丸山ゴンザレス監修・晶文社)がある。他に『バンコクアソビ』(イースト・プレス)など

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