私を追放した北朝鮮を、それでも私は愛し続ける<アレックの朝鮮回顧録・最終回>

私を追放した北朝鮮を、それでも私は愛し続ける<アレックの朝鮮回顧録・最終回>

北朝鮮から国外追放された、元外国人留学生の手記、いよいよ最終回(写真は平壌の建造物・筆者撮影)

 2019年7月4日、北朝鮮の金日成総合大学に通うオーストラリア人留学生アレック・シグリー氏が国外追放された。

 朝鮮中央通信はシグリー氏が「反朝鮮謀略宣伝行為」を働いたとして6月25日にスパイ容疑で拘束、人道措置として釈放したと発表。北朝鮮の数少ない外国人留学生として、日々新たな情報発信をしていた彼を襲った急転直下の事態に、北朝鮮ウォッチャーの中では驚きが走った。

 当連載では、シグリー氏が北朝鮮との出会いの経緯から、逮捕・追放という形で幕を下ろした約1年間の留学生生活を回顧する。その数奇なエピソードは、北朝鮮理解の一助となるか――?

◆同宿生が陰で私について言っていたこと

 前回、西欧からきた留学生が私に対して「アレック、あの同宿生(※筆者が友人として付き合っていたが、中国人留学生に対して表裏がある態度を取っていた現地の学生)についてなんだが。ごめん、君には聞き辛いだろうし……放っておくか僕も悩んだんだ。どうすればいい?」と何かを言いたげに話し始めたことがあった。

 私は彼が何か重要なことを言う気配を感じたので、「聞かせてくれ」と促した。

 すると彼はこう続けた。

「(あの同宿生)はアレックに対して不平があるようだ。なぜか君を好いていないように見える。僕は君がまともな人間であることを一生懸命説得したのだが、彼はオーストラリア人を信じられないと言って……オーストラリアは自主性のない国だって」

 私はその言葉を聞いて憤りをおぼえた。

 私は自身がリベラルなオーストラリア人であると自負してきた。我が政府が、アメリカに追従してイラク戦争に参戦したことにも反対したし、アメリカの対北朝鮮政策、特にブッシュ政権の政策にも賛成しなかった。

 そして私は北朝鮮専門旅行社を運営してきたし、北朝鮮文学の研究・普及に努めてきた。他の留学生よりもはるかに北朝鮮に役立っている人間として、そのような言葉には大きく失望した。

 私が日本人の妻を持ったことも疑心の種だったようだ。私の妻が平和運動の盛んな広島出身であり、北朝鮮について他の日本人よりもはるかに開放的で親切な人(結婚式を平壌で開催するほどだった)であったこととは関係なく、だ。

◆打ち砕かれた「幻想」

 私はその瞬間、MacBook Proを自慢し、私の国籍を理由に私を否定する彼の思考方式をそのまま理解することにした。そして同宿生たちと友人になることもやめた。

 私は北朝鮮が長い間友人を裏切ってきた歴史もよく知っていたが、自身は例外であると考えてきた。そして同宿生が明らかに監視役をしていたのにも関わらず、友人になれる余地があると信じていた。だがこの件は、その幻想を打ち砕いた。

 私は今後、彼らを無視して学業と旅行社の仕事に集中することを決意した。そして彼らが、私が大事にする北朝鮮の美点を失墜させることを許さないと誓った。

 それでも私は無意識下で、自身を小説「青春訟歌」(北朝鮮のベストセラー小説)の中で、周囲から誤解されて後に名誉回復をする主人公・リ・ジノを投影していた。リ・ジノのように、幸福な結末があるはずだと自身を励ましたのだ。予想していたハッピーエンドは私の逮捕によって霧散したが、私はまだ北朝鮮で暮らした日々をなつかしく思い出している。

 私は、彼らも許さなければならない。生き抜くために、二重の人生を生きる彼らもまた、政治制度の被害者なのだ。

◆五感で思い出す、かけがえのない北朝鮮での日々

 連載を終えながら、私は私が魅了された北朝鮮の魅力的な側面を話そうと思う。

 人間とはやはり、残酷な存在だ。人類の歴史は搾取、暴力、憎悪にまみれてきた。そんな搾取から人間を解放するという理念を主張する北朝鮮のような政治体制が人民に行う酷い搾取を見て、私は胸が引き裂かれそうだった。しかし、闇が最も深い場所にも美を見つけることはできた。

 その美しさは、舌で見つけた。玉流館(平壌で有名な冷麺専門レストラン)よりも、街の龍福商店というレストランだ。少し湯気のたつ緑豆チヂミの入った酸っぱくてさっぱりした平壌黎明のスープをごくごくと飲むたびに、私は美しさを感じた。

 チャンジョン通りのキョンリム食堂をはじめとした都心の高級レストランも我々を驚かせた。また、私が登校前の簡単な朝食にしていた平壌産ヨーグルトは記録しておきたい。現代的な包装で、意外にも食べやすいやわらかなゼリーの食感をした洛淵ヨーグルトの味は今でも私の舌に残っている。

 また、美は目でも見ることができた。私が社会主義モダニズムの大作であると思っている統一通り、光復通りのアパートの立派な幾何学的建築。そしてプクセ洞、文繍洞と千里馬通りで散歩するたびに多彩なパステルの色彩世界にはまり込んだ。普通江の遊歩道を歩くたびに私の心は河の水のように穏やかだったし、河の両側に生えた枝垂柳と一体化したような気分になった。

 黎明通りを横切る、「人民のために服務せん!」と「我が国が一番である」と書かれた二階建てバスの二階では少年団の子供が寄り掛かっていた。その子供がその赤いネクタイを風になびかせ、道路にはみ出した木の枝を触っている光景は青春の1ページとして強く印象に残った。

 そして政治的要素があるとはいえ、私は北朝鮮の小説の登場人物たちの理想的なキャラクターを通じてその美をあらためて感じた。読んだ小説の表紙は、他国のものより派手で、すべてに虹色があしらわれていた。その色使いからも美を感じたのであった。

◆記憶に残り続けるのは、北朝鮮の美しき光景だけ

 また、美は耳からも感じ取れた。

 街の店で、偶然店のスタッフたちと即興でカラオケをし、人民とともに「平壌冷麺は最高です」(曲)を歌った日、その美は私の耳と心に響いた。平壌のよく晴れたとある夏の日の、セミの鳴き声は大自然のはてしない活気をあらためて感じさせた。

 金日成総合大学の校歌の「龍南山の麓で」という歌い出しを聞くと、今だに私の中で「龍南山の息子」(卒業生を比喩する言葉)の一人としての誇りが湧き起こる。

 鼻からもだ。平壌で焼肉の焼ける匂いを数えきれないほど嗅いだ。楽園の匂いだった。理由はわからないが、北朝鮮の建造物から匂ってくるカビの匂い、労働者の汗と明太を合わせたような平壌地下鉄のおかしな匂いまでをも私は愛するようになった。

 皮膚で感じ取れる美を探し出したこともあった。それは北朝鮮の小説のページをめくるとき、平壌の土を足裏で感じるときだった。

 そして北朝鮮の美は、心臓でも感じた。我々留学生に「サービス」をしてくれて、「また来てください」と心から温かい言葉をかけてくれたレストランのおばさんたち。

 私を「同務」(同志と類似の意味で、かつさらに気安い呼称)と呼んでくれた金日成総合大学の教員たち、私に高麗ホテルの美味しいキムチ饅頭を買ってくれた同宿生たち。

 朝鮮に到着した私を歓迎してくれた平壌のタクシー運転手、そして私の重い電気自転車を地下行きの階段に載せることを進んで手伝ってくれた、見知らぬ男性。

 私の記憶に残っていくであろう北朝鮮はまさに、この美しい国なのだ。

(連載は今回で終了となります。ご愛読ありがとうございました)

<文/アレック・シグリー>

【アレック・シグリー】

Alek Sigley。オーストラリア国立大学アジア太平洋学科卒業。2012年に初めて北朝鮮を訪問。2016年にソウルに語学留学後、2018〜2019年に金日成総合大学・文学大学博士院留学生として北朝鮮の現代文学を研究。2019年6月25日、北朝鮮当局に拘束され、同7月4日に国外追放される。『僕のヒーローアカデミア』など日本のアニメを好む。Twitter:@AlekSigley

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