あれから3年。アルゼンチン潜水艦沈没に関する公判で新証言。当時の政府と海軍上層部は何を隠したかったのか?

あれから3年。アルゼンチン潜水艦沈没に関する公判で新証言。当時の政府と海軍上層部は何を隠したかったのか?

沈没事故から1年後の2018年、真相究明を求める遺族の姿。彼らのためにも真相究明が急がれる Photo by Mario De Fina/NurPhoto via Getty Images

◆ARAサンフアンが消息を絶ってから3年

 2017年11月15日、アルゼンチンの潜水艦ARAサンフアンが消息を絶つという出来事は世界の注目を集めた。ARAサンフアンの残骸が見つかったのは、1年が経過した2018年11月16日未明のこと。米国の探索船オーシャン・インフィニティーがアルゼンチンから500キロ離れた沖合の水深907メートルの海底でその残骸を発見したのだ。

 現在その残骸はサテライトを利用して現存の状態を保つべくモニターコントロールを行っているという。海底に沈んでいるその残骸の散乱した状態の3Dモデルをこのページをクリックして見ることができる。

 そして、消息を絶ってから3年が経過した2020年の11月7日から8日にかけて、アルゼンチンのメディアでARAサンフアンのことがまた注目を集めることになった。

◆アルゼンチン海軍副提督の爆弾証言

 この事件の解明に向けて現在公判がアルゼンチン南部地方のコモドロ・リバダビアで行われているが、11月7日に、アルゼンチン海軍の副提督で海軍の元指揮官エンリケ・ロペス・マツェオが爆弾証言をしたのである。それは、ARAサンフアンが消息を絶ってから20日目には沈没した場所が海軍では分かっていたという内容であった。もしこれが事実であるなら、消息を絶ってからその残骸が見つかるまで1年を要したというのは無駄な時を過ごしたことになり、その探索費用750万ドルも使う必要はなかったということになる。またそうであれば、海軍上層部並びに当時のアルゼンチン政府の間でそれを故意に隠ぺいしていたということになる。

 彼が公判で証言した内容は以下の通りである。

「皆さんがすべての書類を見れば分かることであるが、潜水艦の探索そして救出作業を取りやめることを指示する書面に私が署名をせねばならなくなった時の心境は私にとってこれまで軍人として最も胸の痛むものであった。というのも潜水艦の位置は分かっていた。それ故に英国海軍と(2017年)12月5日に協力して無人潜水艇の提供を要請した。というのも、二つの渓谷の間にあることが分かっていたからだ。ただ、手元にある国際的に義務付けられている手段ではその詳細を確認することができなかったからだ」

 この証言は、アルゼンチンの主要各紙全てが報じることとなった。

 ARAサンフアンが消息を絶った3年前の11月15日から20日後にはそれがどこに沈んでいるか少なくとも海軍でこの事件に関係していた幹部は知っていたということなのである。チリの軍艦カボ・デ・オルノスの指揮官が彼らにそれを知らせて来たからだというのである。

 ところが、地元紙『p?gina12』の11月8日付によると、2017年12月5日にこの事件で報道官を務めていた海軍キャプテンのエンリケ・バルビは、940メートルの海底に全長30メートルの物体を見つけたとチリの軍艦から報告があったことを指摘したという。ではなぜ海軍ではそれを無視したのかというと、ARAサンフアンの全長は60メートルだからだそうだ。ところが、探索船オーシャン・インフィニティーが1年後にそれを発見した時、ARAサンフアンの全長は33メートルということだった。一部が破損してバラバラに周囲に散乱して潜水艦の本体の全長は33メートルになっていたということなのである。

 エンリケ・ロペス・マツェオ副提督が憤慨しているのは、12月5日の時点で英国海軍も協力するからということで無人潜水艇の要請したことに対し、海軍のトップあるいは政府の大統領か国防相がその要請を却下したということにある。そこにはその発見を遅らせる、あるいはそれを永久に葬り去ろうとするのを望んでいた個人的利害が関与したとマツェオ副提督は見ているのである。遺族のことを考えるとそれは許されるべきことではない。だから彼は、12月5日の時点でARAサンフアンが沈んでいる場所が明らかされていたことを公判で初めて公にしたのである。

 この発言がきっかけとなり、電子紙『Infobae』でも報じているように、遺族の弁護団は11月11日、マクリ前大統領、アグアッ前国防相祖そして海軍最高司令官だったスルル大将らを潜水艦の沈没についての情報を隠蔽していたことなどを理由に提訴したのである。

◆3年前の事故から現在までの経緯

 ここで、読者に現在に至るまでの経緯を整理して戴くべく、以下に順を追ってそれを説明しよう。

@消息を絶ったARAサンフアンは1985年にドイツで建造された。

A2008年から2014年まで機能改善の為に補修整備などでアルゼンチンでドック入りしていた。4機の新しいエンジンを設置するのに胴体を二分するという作業も行った。製造されたドイツではなくアルゼンチンで補修整備を行った理由は、その方が費用が安く済むからだった。それでも当初の予算を日本円にして約1億9000万円ほどオーバーしている。その差は賄賂になったというのは公然の秘密とされている。

B2017年11月15日、乗務員44名を乗せて消息を絶った。

Cそれから48時間が経過した時点で捜査が開始された。なぜ、直ぐに捜査に乗り出さなかったのか? 海軍のバカげた規定で消息を絶ってから48時間待つというのが規定になっているからだという。

D11月22日、包括的核実験禁止条約機構(CTBTO)からサンフアンが通航したと思われる航路で同鑑が交信を断ってから3時間後に爆発音が傍受されたと報告があった。

E11月27日、『Canal Am?rica24』が11月15日サンフアンから発信されたと思われるメッセージを公開した。メッセージが「SITREP NRO1 SUSJ」で始まっていることから専門家はSITREPというのは何か危険が発生したことを知らせる略語だとした。またSUSJというのは潜水艦サンフアンを略称したものだとした。ということから公開されたメッセージはサンフアンから発信されたものに間違いないとした。その本文は地元紙『Perfil』でも明らかにされたが、以下の内容であった。「吸排気システムから海水が入りバッテリーが収納されている3番タンクに侵入して、電気ショートからバッテリーが配置されているところで初期的火事を引き起こした。船首のバッテリーは使っていない。分割回路で潜水中だ。乗務員に問題はなし。報告を継続する」という内容であった。これを最後に消息を絶ったのであった。

 ARAサンフアンが沈没したことについて、地元紙『La Naci?n』が専門家の見解を報じている。

 それによると、しけで波の荒れていた中を海面から比較的浅い水面下を進行していたが、荒波で海水がスノーケルの隙間から内部に侵入して船首にあったバッテリーにまで海水が入り爆発したので浮上。それを消火した後、荒波を避けて再び潜水してバッテリーの修理に取り掛かろうとして再び爆発。それ以後、舵の操作機能を失って海底に沈んでいったと推測しているという。

 ところが、探索船オーシャン・インフィニティーが撮影した写真について、海洋エンジニアのホルヘ・ボハニックは以下のように指摘している。

「ARAサンフアンは高張力鋼HY80で35ミリの鋼材が使用されており、戦車の口径88ミリの砲弾にも耐える厚みである。ところが、1枚の写真でその高張力鋼が完全に破壊された箇所がある。それはTNT300 トンでもこの破壊度合いは発生しない。即ち、艦内の(バッテリーによる水素ガス発生で生じる)水素爆発や水深による爆発では起きない破壊度だ」

「唯一この度合いの破壊が生じるのは対潜水艦用の機雷あるいは対艦ミサイルによるものだ」

 これらの証言について、地元電子紙『kontrainfo』が言及している。

◆浮上してくる「ある疑惑」

F世界から捜査に参加していた調査船がそれぞれ引き上げて最後に残って捜査を続けていたロシアの海洋調査船「ヤンタール」がARAサンフアンが消息を絶ったと思われる地点は当初予測されていた地域よりもさらに沖合だという確信的な情報を掴み、その捜査の延長許可をアルゼンチン政府に申請した。が、それが政府によって却下されたというのである。

G2017年12月14日、プーチン大統領とトランプ大統領が電話会談。その中で前者は後者に伝えたのは、英国海軍とチリ海軍がフォークランド諸島近郊の南大西洋上で軍事演習を行っていた際にARAサンフアンを撃沈してしまった」と伝えたのである。チリの対潜哨戒機C-295が搭載した武器によってサンフアンは起爆したことを調査で明らかにしたというのだ。

 それがロシアの電子紙『Newsstreet』で明らかにされ、その内容がスペイン語で『La Tribuna de Cartagena』が報じた。

 この内容がロシア国防省からチリの海軍に伝えられ、チリ海軍は調査に乗り出した。チリ海軍はそれを既に知っていたかのように、2017年12月13日にチリ海軍から5人の将校が一度に退任したというのである。その理由は公開されていない。

 この時点で思い出して欲しいのは、今回の公判でエンリケ・ロペス・マツェオ副提督が証言している中でチリ海軍からサンフアンが沈んでいる地点の報告があり、それに英国が協力すると申し出たこと。そして、Eの項目の中で専門家の1枚の写真鑑定から「水素爆発や水深による爆発では起きない破壊度」という指摘があるということ。

 なぜチリ海軍がサンフアンが沈んでいる地点が分かったのか? 英国海軍がなぜその地点まで辿りつくために協力したいと申し出たのか。また、その為には無人潜水艇の必要だとしたのか? そして、1枚の写真からバッテリーによる爆発では起きない破壊度のあることが指摘されていること……。

 チリ海軍、英国海軍、水素爆発や水深による爆発では起きない破壊度…。この3点は余りにも偶然が一致している。

 これらのことから、あくまで推論であるが、プーチン大統領が指摘したチリの対潜哨戒機C-295が搭載した武器によってサンフアンは爆破されたという指摘がかなり高い可能性として浮かんで来ているのである。

 事件の解明に向けて公判はまだ続く。マクリ前大統領、アグアッ前国防相そして海軍元最高司令官スルル大将の3人の間でこの真相を握っている可能性は十分にある。

 11月14日、ARAサンフアンの惨事を偲ぶ3周年式典が一部遺族が出席して催された。政府からは現政権からアグスティン・ロッシ国防相が出席して遺族にこれからも事実を解明して行くことを約束した。遺族の無念のためにも、真相の究明が求められる。

<文/白石和幸>

【白石和幸】

しらいしかずゆき●スペイン在住の貿易コンサルタント。1973年にスペイン・バレンシアに留学以来、長くスペインで会社経営から現在は貿易コンサルタントに転身

関連記事(外部サイト)