プーチン、150人スパイ粛清で権力基盤は崩壊寸前 諜報機関トップの“合成動画”を敢えて流した狙い

プーチン、150人スパイ粛清で権力基盤は崩壊寸前 諜報機関トップの“合成動画”を敢えて流した狙い

プーチン氏の権力基盤崩壊か

プーチン、150人スパイ粛清で権力基盤は崩壊寸前 諜報機関トップの“合成動画”を敢えて流した狙い

ロシアのナルイシキン対外情報局(SVR)長官(Kremlin.ru, CC BY 3.0 , ウィキメディア・コモンズ経由で)

 イギリスの高級紙・タイムズ(電子版)は12日、「Putin ‘purges’ 150 FSB agents in response to Russia’s botched war with Ukraine」との記事を配信した。

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 見出しを直訳すれば、「ウクライナ侵攻で、ロシアはぶざまな敗北 プーチン大統領はFSBのエージェント(スパイ)150人を“粛清”」という意味になる。

 FSB(ロシア連邦保安庁)は、かつてのKGB(ソ連国家保安委員会)を前身に持つ。KGBはソ連崩壊で解散となったが、主に防諜と犯罪捜査を担当する部門がFSBに引き継がれた。

 日本のメディアもタイムズの報道を紹介した。主な電子版の記事を見出しだけご紹介しよう。配信日はいずれも4月13日だ。

◆ロシアFSBで150人追放 大統領府に虚偽情報…英報道(テレ朝NEWS)

◆「虚偽情報」の責任問われ、ロシア情報機関の職員150人追放…英紙「プーチン氏の怒りの兆候」(読売新聞オンライン)

◆プーチン大統領の怒りか、ロシア連邦保安局の情報員150人「追放」 スターリン的大粛清と英紙(日刊スポーツ)

 担当記者は「3社とも『ウクライナ侵攻が失敗したことから、プーチン大統領は“粛清”で怒りを表明した』というタイムズの分析を紹介しています」と言う。

「プーチン大統領側は、FSBでウクライナを担当している『第5局』が、侵攻前、『虚偽の情報』を大統領府に伝えていたことを問題視した、とされています。150人のエージェントは大半が解雇された上、一部は逮捕されたとタイムズの記事は伝えています」


■虚偽報告の罪


 3月にはFSBの幹部が自宅軟禁に置かれたと報じられていた。日本経済新聞(電子版)は3月13日、「ロシア情報機関幹部を軟禁か プーチン氏『懲罰』と報道」との記事を配信している(註:記事の作成は共同通信)。

《プーチン大統領に侵攻前のウクライナ政治情勢を報告していた連邦保安局(FSB)の対外諜報部門トップらが自宅軟禁に置かれたと伝えた》

《FSBで外国の諜報活動を担う部門のトップ、セルゲイ・ベセダ氏らで、資金の悪用や不確かな情報を報告した疑いが掛けられている》

《ベセダ氏らはプーチン氏を怒らせないように聞きたいことばかりを報告していたが、侵攻開始から約2週間が経過し、プーチン氏が「誤り」に気付いたという》

 その後一部のメディアが、ベセタ氏の逮捕を報じた。各紙とも、それほどプーチン大統領は怒り狂っている──というニュアンスで伝えている。

 しかし、疑問がないわけではない。そもそもウラジーミル・プーチン大統領(69)は、大学卒業後、KGBの“スパイ”として16年間、勤務した経歴を持つ。

 1998年にはFSBの長官に就任し、“粛清”の対象となった第5局を設立。翌99年に首相となった。


■プーチン大統領は権力闘争中!?


 同年末、当時大統領だったボリス・エリツィン氏(1931〜2007)が辞任したことで大統領代行に就任。4カ月後の大統領選にも勝利し、プーチン大統領は“皇帝”となる最初の一歩を踏み出した。

「経歴からも明確に分かりますが、プーチン大統領の権力基盤はKGB人脈であり、FSBは自分の“出身母体”。側近も諜報機関の出身者で固めているとも言われています。いくらウクライナ侵攻に失敗したとはいえ“身内”を粛清するのか、疑問を感じます」(同・記者)

『CIAスパイ養成官 キヨ・ヤマダの対日工作』(新潮社)などの著作がある国際ジャーナリストの山田敏弘氏は、世界の諜報機関に詳しい。

 今回の“粛清”報道について見解を求めると、「日本の新聞社がタイムズの記事を紹介したトーンより、事態は深刻だと思います」と言う。

 プーチン大統領は今、権力闘争の真っ最中だという。一体、“クレムリン”の中枢で何が起きているのか──そのことを理解するためには、まずロシアにおける諜報機関の現状を理解する必要がある。

「ロシアにおける諜報機関は、KGBの対外諜報部門を引き継いだSVR(ロシア対外諜報庁)と、1918年に設立されたGRU(ロシア連邦軍参謀本部情報総局)、そしてFSBが、いわば“三本柱”として機能しています」(同・山田氏)


■“プーチン長官”の改革


 ちなみに、1933年から1941年にかけて日本で諜報活動を行い死刑判決を受けたリヒャルト・ゾルゲ(1895〜1944)は、GRUのスパイだった。

「海外での諜報活動、つまり一般的な“スパイ”というイメージ通りの活動を行っているのはSVRとGRUで、FSBの主任務は防諜、つまりロシア国内に潜伏している外国のスパイを見つけ、逮捕することでした。そのためFSBは、同じ諜報部門でもSVRやGRUに比べると“格下”と見られる傾向があったのです」(同・山田氏)

 先にプーチン大統領が1998年にFSBの長官に就任したことを紹介したが、山田氏によると、「プーチン新長官」はその際、重要な組織改編を行ったという。

「それまでFSBはロシア国内だけを担当していましたが、プーチン氏の指示により、ウクライナという“外国”を担当することになったのです。ただ、これには彼らしい含意があり、『ウクライナはロシア国内も同然なのだからFSBが管轄すべきだ』という考えを反映させた改革でした」

 確かにウクライナとロシアの関係は深く、例えばキエフ大公国(882〜1240)の時代は同じ国だった。


■失態の多いFSB


 とはいえ、ソ連崩壊後、ウクライナはれっきとした独立国であり、そのためFSBに「対外諜報」を行う部門が新設された。これが「第5局」であり、今回、プーチン大統領が粛清の対象とした部門だ。

「プーチン大統領の立場からすると、今回の粛清はやらなければならないものでした。自身のメンツがかかっているからです。例えば現在、ウクライナ政府はネット上に『FSBのスパイリスト』を公開しています。その数も600人以上という多さです。FSBにとっては大失態で、プーチン大統領は赤っ恥をかかされました。この責任を取らさないわけにはいきません」(同・山田氏)

 内部情報が相手に筒抜けだったわけで、なぜそんなミスを犯してしまったのか理解に苦しむ。

 だが山田氏によると、FSBは職員の縁故採用が横行するなど、組織の“ガバナンス”が機能していない傾向があったという。

「FSBは過去にも大失態を犯しました。それがロシアの反体制派指導者、アレクセイ・ナワリヌイ氏(45)に対する毒殺未遂事件でした。2020年、ナワリヌイ氏は毒を盛られ、移動中の飛行機内で重篤な状況になったのです。九死に一生を得たナワリヌイ氏は回復後すぐに、ロシアに強いメディアと組んで調査を行い、毒殺を企図したのはFSBだと突き止めました」(同・山田氏)


■FSBの裏切り


 ナワリヌイ氏は更に実行犯も割り出し、何とFSBの上司のふりをして電話をかけた。「なぜ毒殺しようとしたのか」などと問いかけたのだが、その一部始終はメディア側が録音していた。

「FSBの実行犯は本物の上司だと信じてしまい、しどろもどろに弁解する様子が全て公開されました。確かにFSBは“格下”というイメージを持たれても仕方がないところがあります。組織としての問題点が少なくないのです」(同・山田氏)

 もちろん、まともな職員もいる。その場合、プーチン大統領が独裁者としての本性を現すにつれ、嫌気をさしていったようだ。

「ここ10年間ほどを見ても、少なからぬFSBのエージェントがイギリスに亡命しました。ガバナンスが効いていないため、FSBは屋台骨が腐っているような状態なのです。表面的にはプーチン大統領の支持基盤として機能しているように見えても、内部は酷い有様でした」(同・山田氏)

 毎日新聞(電子版)は4月10日、「苦戦するロシア軍、続く情報機関の内部告発 その信ぴょう性は」との記事を配信した。

 文中には《ロシアによるウクライナ侵攻を巡り、ロシアの情報・治安機関、連邦保安庁(FSB)からの「内部告発」とされる手紙をロシアの人権活動家が公表し続けている》とある。


■安全保障会議の謎


「FSBの内部には、ウクライナ侵攻に反対する職員もいたようです。彼らはアメリカなどの西側諸国やウクライナ政府に、侵攻に関する内部情報を漏らしていたという報道もあります。そもそも逮捕を報じられたセルゲイ・ベセダ氏もダブルスパイで、西側諸国にロシアの機密情報を伝えていたのではないかという指摘も出ています」(同・山田氏)

 どうやらプーチン大統領も、FSBに問題があることは事前に察知していたらしい。それを浮かび上がらせるのが、侵攻3日前の2月21日に開かれた安全保障会議だ。

 この様子を収めた動画が公開されている。中でも注目を集めたのが、SVRの長官を務めるセルゲイ・ナルイシキン氏(67)をプーチン大統領が問い詰める場面だ。日本でも民放キー局の情報番組などが映像を放送した。

「実は、あの動画で出席者の時計に注目した関係者がいるのです。調べてみると、場面ごとに時刻が違っていることが分かりました。どうやら本当は、事前に行われた会議映像を編集で繋いだようなのです。そんな“フェイク動画”を、わざわざプーチン大統領が配信させました。当然ながら、何らかのメッセージが込められていると考えるのが自然でしょう」(同・山田氏)


■戦果を焦るプーチン大統領


 謎を解く鍵は、ナルイシキン氏だ。彼は単なるSVR長官ではなく、ロシアにおける諜報機関の責任者の一人だと考えると、見えてくるものがあるという。

「諜報機関が報告してくるウクライナの状況分析や侵攻作戦の内容など、かなりデタラメなものもあるとプーチン大統領が侵攻直前になって気づいたようなのです。そこでナルイシキン氏を叱りつける動画を作らせて公開することで、諜報機関の職員に『お前たちがデタラメな仕事をしているのは分かっているぞ』と恫喝したのでしょう」(同・山田氏)

 プーチン大統領はその後、作戦がうまくいかなくなる可能性も把握した。だが、作戦の停止を命じるには遅すぎた。実際、作戦が進むにつれ、戦況は極めて悪くなっていく。

 となると、キーフを目指していた部隊を退却させ、再編成して東部に送ったことの意味が変わってくる。

 これまで多くのメディアは、プーチン大統領が単純にロシア軍の立て直しを命じたと報じてきた。だが、プーチン大統領は“苦境”に直面しており、ウクライナ侵攻どころの騒ぎではないのかもしれない。


■尻に火が付いた“皇帝”


「プーチン大統領にとっては、ウクライナ侵攻よりも、国内における権力闘争のほうが重要性を増してしまったのです。そこで一日も早く国内政治にシフトするため、ウクライナでの“戦果”を確定させようと焦っているのでしょう。例えばマリウポリを陥落させれば、大義名分が成り立つと判断しているかもしれません」(同・山田氏)

 ロシアは5月6日に戦勝記念日を迎える。第二次世界大戦での独ソ戦に勝利したことを祝い、国威発揚を行う大切な日だ。

「5月6日は『マリウポリ陥落など、東部における作戦行動は成功した』という発表で押しきり、後は国内問題に専念する可能性があります。諜報機関で徹底的に裏切り者をあぶり出し、更なる粛清を行うかもしれません」(同・山田氏)

 プーチン大統領は、いわば「尻に火が付いた」状態だ。ウクライナでの戦況は膠着状態になっても構わない。自分の政治エネルギーを粛清に集中させる必要がある、というわけだ。

「プーチン大統領に反旗を翻す可能性が、実名で報道されている側近もいます。ニコライ・パトルシェフ安全保障会議書記(70)は、プーチンの側近中の側近で、情報機関などからの話でウクライナをネオナチが支配しているとプーチンに伝えてきた張本人とされています。だが、今回の侵攻前のウクライナに関する誤情報で責められる可能性がある上、粛清で自分の部下が痛めつけられ、遂に堪忍袋の緒が切れた、というシナリオも考えられなくはありません」(同・山田氏)


■注目を集める軍の動向


 同じように専門家の注目を集めているのは、ロシア軍の動向だ。

「例えば、ロシア国内でデモが激化し、警察などでは収拾がつかなくなったとします。もしプーチン大統領が軍に鎮圧を命じた場合、軍が『従えません』と抗命する、といった展開が起きるかどうかです」(同・山田氏)

 プーチン大統領は依然として強い権力を手中に収めている。反プーチン派は動けず、軍が従う可能性も否定できない。

 だが今回のウクライナ侵攻で、“皇帝”のメッキが剥がれ落ちてしまったのも、また事実のようだ。

デイリー新潮編集部

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