ウクライナ危機は「安全保障のジレンマ」状態 ロシアは本当に核兵器を使用しないのか

ウクライナ危機は「安全保障のジレンマ」状態 ロシアは本当に核兵器を使用しないのか

フィンランドのサンナ・マリン首相(Wikimedia Commons)

 フィンランドとスウェーデンは5月18日、北大西洋条約機構(NATO)への加盟を申請した。北欧2カ国は「ロシアを過度に刺激したくない」との思惑から軍事的な中立を維持してきたが、ロシアがウクライナの侵攻に踏み切ったことで「中立を守っても安全を確保できる保障はなくなった」と痛感し、長年続けてきた中立政策を転換するという歴史的な決断を行った。

 申請について、ストルテンベルグNATO事務総長は加盟手続きを急ぐ考えを強調し、バイデン米大統領も「両国の加盟を強く支持する」との声明を発表した。加盟は軍事作戦上のメリットがある。バルト海に面する両国が加われば、カリーニングラードを拠点とするロシアのバルト艦隊へ圧力をかけられる。

 両国のNATOへの正式加盟には時間がかかるものの、NATO側は既に両国を加盟国扱いしている。NATO軍のロシア軍に対する優位がさらに拡大することが確実な情勢だが、この動きはウクライナ危機の早期解決に役立つのだろうか。

 日本ではあまり語られることはないが、国際政治学の分野には「安全保障のジレンマ」という概念がある。軍備増強や同盟締結など自国の安全を高めようと意図した国家の行動が、別の国家に類似の行動を誘発してしまい、双方が欲していないのにもかかわらず、結果的に軍事衝突につながってしまう現象を指している。

 安全保障のジレンマという概念が生まれたきっかけは第1次世界大戦だとされている。

 ロシアとフランスという2つの大国に挟まれた当時のドイツは、2つの戦線で同時に戦うことができる動員計画(シュリーフェン・プラン)を策定した。ドイツがこのプランに従い動員を始めると、これを脅威に感じたロシアとフランスも動員を開始する事態となった。欧州列強はいずれも戦争を望んでいなかったが、結果的に泥沼の世界大戦に入ってしまったという経緯から生まれた考え方だ。

 北欧2カ国は人口規模は大きくないが、地域の軍事大国だ。フィンランドとロシアの国境は約1300キロメートルに及ぶ。安全保障のジレンマによれば、西側諸国にとっての防衛的な行動がロシアには攻撃的に見える。「世界一強大な米国が率いるNATOがロシア国境に近づいても、ロシア側が恐怖を覚えることはない」という発想は通用しないと考えた方がいいだろう。


■「愚かな行為」との指摘も


 軍備増強の点でも気になる動きが生じている。

 NATOのウクライナ支援策が大きく変わってきている。

 4月下旬にオースティン米国防長官が「米国の狙いはウクライナ侵攻のようなことが再びできないよう、ロシアの軍事力を弱体化させたい」と明言したように、当初は防衛に必要な武器供与だけだった支援が、ロシアの軍事力を弱体化させる支援へと変わっている。

 これを受けてロシアのラブロフ外相は「西側諸国とロシアは代理戦争に突入した」と発言しており、軍事専門家の間では「この戦略転換によりNATOは一線を越えてしまったのではないか」との懸念が出ている。

 一部の専門家は「『ロシアの弱体化』という発言はプーチン大統領に軍事攻勢のさらなる拡大という選択を迫る恐れがある」ことを危惧している。

 プーチン大統領はウクライナ侵攻当初から、核兵器を使用する可能性をほのめかしてきたが、NATO高官らは「『核兵器を使用する』などロシアの空威張りに過ぎない」と高をくくっている。

 だが「ロシアのような大量の核兵器を保有する大国を追い詰めるのは極めて愚かな行為であり、状況は極めて危険だ」と警告する専門家がいる。

 徹底したリアリズムに基づき大国間のせめぎ合いを分析するミアシャイマー・シカゴ大学教授は文藝春秋(2022年6月号)のインタビューで「自分たちの生存が脅かせるほどの恐怖を感じたとき、国家は大きなリスクを背負って大胆な行動に出る」と指摘する。「強いロシアの復活」を掲げるプーチン大統領にとってジョージアやウクライナなど近隣諸国への侵攻はその目標達成の一環であり、これまで一度侵攻した場所から手を引いたことはない。ロシアがウクライナで敗北しそうになったら、核兵器を使用してでも状況を打開しようと思わないほうが不思議だと言うわけだ。

 プーチン大統領は長年にわたり、自軍が劣勢に陥った場合に限定的な核攻撃を行い、自国に有利な形で停戦に持ち込む戦略を策定する準備を進めてきた。だが、具体的な使用条件については明言していない。

 米ロともに冷戦後の核兵器の配備に関する明確なルールを設定しておらず、ロシアが核兵器を実戦配備した場合、米国はどのように対応するか明らかになっていないのが現状だ。

 米国もロシアも敗北を受け入れる状況になく、もはやバイデン大統領とプーチン大統領が外交交渉を行うのが不可能なレベルまできているが、ミアシャイマー氏は「一つだけ戦争を比較的短期に終わらせるシナリオがある。それはロシアが負けそうになったときに核兵器を使用する状況だ。もしロシアが核兵器を使ったら米国は核戦争へのエスカレーションの脅威によってすぐに戦争終結に動くだろう」と指摘する。

 残念ながらウクライナ情勢は安全保障のジレンマ状態になりつつある。国際社会は「核戦争」という最悪の事態を回避するため、直ちに行動すべきではないだろうか。

藤和彦
経済産業研究所コンサルティングフェロー。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)。

デイリー新潮編集部

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