欧米はウクライナになぜ「HIMARS」や「NASAMS」をもっと供与しないのか

欧米はウクライナになぜ「HIMARS」や「NASAMS」をもっと供与しないのか

ゼレンスキー大統領(自身のFacebookより)

 ウクライナ軍の反攻は、いつになったら始まるのか?──そう思いながら、国際ニュースを閲覧している人は多いかもしれない。ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領(44)は「6月反攻」を宣言していたが、ロシア軍の猛攻にウクライナ軍は敗走を重ねている。

 ***

 かつてはウクライナ軍の圧勝が報道されていた。例えば共同通信は5月22日、「ウクライナ、反攻に自信 東部激戦、占領地ロシア化」の記事を配信した。

《ロシアのウクライナ侵攻から24日で3カ月。欧米の武器支援本格化を受け、ウクライナ軍は今月、東部ハリコフ州でウクライナ第2の都市ハリコフ周辺の集落をロシア軍から次々と奪還した。ゼレンスキー大統領は21日、侵攻前の状況に戻せば「勝利」との認識を表明。政権内ではロシアが2014年に強制編入した南部クリミア半島の解放も目指すとの声が上がるなど反攻に自信を深めている》

 当時の報道では、ウクライナ軍がロシア軍を追い出す可能性が取り沙汰されていたことが分かる。担当記者が言う。

「欧米の最新兵器をウクライナ兵が操作できるよう、ポーランドなどで訓練が行われていました。訓練の完了が6月中と言われ、この頃には欧米提供の兵器や弾薬が集積される可能性も高かったことから、欧米や日本のメディアが『6月反攻』を報じていたのです」

 だが、最新の状況は違うようだ。


■ドネツク州は要塞化


 ロシア軍はルガンスク州とドネツク州を合わせた「ドンバス地方」の完全制圧を目指している。

「ロシア国防省は7月3日、ルガンスク州の完全制圧を発表しました。残るはドネツク州だけとなり、既に侵攻を開始していると見られています。一方のゼレンスキー大統領もビデオ演説でルガンスク州から軍が撤退したことを認めましたが、アメリカから供与された高機動ロケット砲システム『HIMARS(ハイマース)』で反撃すると強調しました」(同・記者)

 ウクライナ軍が集結するドネツク州から、いよいよ反攻が始まる──と報じるメディアも少なくない。

 AP通信(日本語・電子版)は7月6日、「ウクライナ軍カエサルを投入 ドネツク州でロシア軍に反撃」との記事を配信した。

《西側諸国から供与された長距離砲やロケット砲が順次戦線に投入されており、ウクライナ軍の反撃が始まろうとしている。/その一つが、フランスから供与された52口径155ミリ装輪式自走榴弾砲「カエサル」だ》

 産経新聞は5日、「ドネツク州要衝『既に最前線』 次の主戦場スラビャンスク、露軍の接近に緊張」との記事を配信した。

《ドネツク州ではウクライナ側がスラビャンスクやクラマトルスクなど主要都市を含む45%を保持している上、州内を要塞化しており、露軍による早期制圧は困難だとの見方が強い》


■反攻は侵攻と同じ


 6月反攻が幻に終わった理由として、西側諸国の兵器がウクライナ軍の手元に輸送されるのが遅くなったため、との報道は少なくない。

 HIMARSを代表として、いよいよ西側の武器がドネツク州に集結しつつある、との分析が、「ドネツク反攻」の根拠になっているようだ。

 しかしながら、軍事ジャーナリストは「今のところ、ウクライナ軍が反攻に転じる可能性は低いと思います」と言う。

「例えばHIMARSです。極めて高性能な兵器であることは言うまでもありませんが、アメリカがウクライナに供与したのは僅か4基です。23日に追加支援が発表されましたが、やはり4基でした。『HIMARS供与』と報じられるとウクライナ軍の戦力が劇的にアップするかのような印象を受けます。しかし、合計8基では、戦局を一変させるだけの影響力はありません」(同・軍事ジャーナリスト)

 アメリカを筆頭に欧米各国は、ウクライナ軍が強くなりすぎないよう“コントロール”している可能性があるという。

「“反攻”という言葉には注意が必要です。ロシア軍が占領しているルガンスク州を攻撃することを意味するわけですから、要するにウクライナ軍が“侵攻”することになります。一般的に、防衛と比べ攻撃は、作戦の難易度が格段に上がります。それほどの作戦を行うだけの支援を、アメリカが行っているとは思えないのです」(同・軍事ジャーナリスト)


■アメリカの“欺瞞”


 侵攻の当初、ロシア軍は首都キーウ(旧キエフ)の制圧などに失敗した。最大の理由として専門家が口を揃えたのは「戦力」だった。

「通常、自軍が攻め込むためには、守る敵軍に対して3倍の戦力が必要だとされます。ロシア軍は最初、北、東、南と3方向から攻撃を行ったため、ウクライナ軍と戦力差を生み出すことができず、猛烈な反撃を受けました。今回、ウクライナ軍が安易に反攻を企図すると、ロシア軍と同じ轍を踏む危険性があります」(同・軍事ジャーナリスト)

 ウクライナ軍がロシア軍の3倍の戦力でルガンスク州に攻め込むなら、反攻は可能かもしれない。だが、そんな戦力はない……。

「ウクライナはもともと小国ですから、それほどの戦力があるわけではありません。ウクライナ軍も戦死者がかなりの数にのぼっているほか、命令不服従や脱走も相次いでいると言われています。頼みはアメリカですが、ロシア軍を圧倒するような支援策は、慎重に避けている印象です」(同・軍事ジャーナリスト)


■ウクライナの厭戦気分


 アメリカの武器供与からは、「ロシア軍の勝利も困るが、ウクライナ軍の反攻も困る」という本音が透けて見えるという。

「あまり欧米がウクライナ軍を強くしてしまうと、ますますロシアが態度を硬化させる危険があります。ウクライナとロシアが協議のテーブルに着く気運が失われてしまうのを、欧米各国は恐れているはずです。今、欧米各国のトップは、年内の停戦を画策しています。そのためには戦線が膠着し、ロシア軍とウクライナ軍が対峙して動かないのが理想なのです」(同・軍事ジャーナリスト)

 戦局が膠着すればするほど、ロシアに有利という点も大きいという。

「ウクライナの人々にとって、今回の侵攻は文字通り『自国の戦争』です。多くの民間人が犠牲になっており、いつ自分が死ぬか分かりません。一方、ロシアの場合、戦死した兵士の両親にとっては悲痛の極みでしょうが、本国は戦場となっていません。大多数の国民にとっては、まだまだ『他国の戦争』なのです」(同・軍事ジャーナリスト)

 ロシア軍の攻撃方法も、「ウクライナの国民に厭戦気分を蔓延させる」という狙いが読み取れるという。


■「NASAMS」は無意味?


「6月27日、ロシア軍のミサイルがウクライナ中部のショッピングセンターを攻撃し、少なくとも16人が死亡したと報じられました。攻撃には対艦ミサイルが使われた可能性が取り沙汰されています。ロシア軍としては、対地だろうと対艦だろうと、使えるミサイルは何でも使ってウクライナ本土を攻撃し、『早く戦争が終わってほしい』という世論を形勢させようとしているのでしょう」(同・軍事ジャーナリスト)

 実際にウクライナ政府は、ロシアのミサイル攻撃で、かなり追い詰められているようだ。

「追加支援策に、アメリカとノルウェーが共同開発した地対空ミサイルシステム『NASAMS(ナサムズ)』が含まれています。よほどロシアのミサイルに手を焼いているのでしょう。さっそく欧米や日本のメディアが注目し、アメリカによる兵器供与の目玉として報じていますが、やはりこの報道にも注意が必要です」(同・軍事ジャーナリスト)

 どうして注意が必要なのかと言えば、供与の内容を見れば分かる。HIMARSと同じで、たったの2基なのだ。

「NASAMSはホワイトハウスや国会議事堂の防御に採用されています。2基の供与は、確かにキーウの大統領府を守るには有効かもしれません。しかしながら、ウクライナの様々な都市を無差別に攻撃するロシアのミサイルに対しては、ほとんど無力だと言わざるを得ません」(同・軍事ジャーナリスト)


■朝鮮半島化


 アメリカを筆頭にヨーロッパ諸国も、「ウクライナの朝鮮半島化、もしくは東西ドイツ化」を考えている可能性があるという。

「ドネツク州の攻防を巡って戦線が膠着。ウクライナ国内で厭戦気分が高まり、ロシア側も占領地の親ロシア化を進めて戦果を宣伝する、というシナリオは、ロシアにとって理想的なだけでなく、欧米にとっても同じなのです」(同・軍事ジャーナリスト)

 厭戦気分の高まったウクライナと、とりあえずの“メンツ”を保ったロシアは、停戦協議をスタートさせる可能性が高い──これが欧米各国の本音ということらしい。

「冷戦下、朝鮮半島とドイツは国家が二分され、アメリカとソ連が対峙しました。停戦後のウクライナも同じように“NATO(北大西洋条約機構)側”と“ロシア側”に分断され、米露両国が対峙する最前線となる可能性が高まってきたと言えます」(同・軍事ジャーナリスト)

デイリー新潮編集部

関連記事(外部サイト)