「川井梨紗子」が3年連続で世界一、馨さんとの戦いでは精神的に強くなれた

 カザフスタンのヌルスルタンで行われているレスリングの世界選手権で決勝に勝ち上がっていた女子57キロ級の川井梨紗子(24 ジャパンビバレッジ)は9月19日、昨年の同級世界王者の強豪ロン・ニンニン(栄寧寧 中国)を破り優勝した。川井梨紗子はこれで三年連続の世界チャンピオンとなり、2016年のリオデジャネイロ五輪の優勝と合わせると4年連続で女王に君臨することになった。

「後悔したくない」の言葉通り、決勝では予想通り上がってきたロン・ニンニンを相手に息もつかせず前へ出て攻めまくった。4点タックルを決めるなどして1ピリオドで5−0と引き離した。2ピリオドに入っても攻めまくり9−0とした。終盤は相手の反撃で6点奪われたが、危なげなく勝ち切った。

 優勝を決めた川井は万感の思いが堰を切ったようにマットの上で激しく泣き出し、会社の仲間たちの寄せ書きが書かれた日の丸を渡され、金浜良コーチの肩車でマットを一周する間も涙顔だった。会見もレスリング協会広報の女性スタッフに抱きかかえられるように登場すると「今回はみんな初めての対戦相手だったけど積極的に攻めたのがよかった。母や妹の応援で勇気が出た」などと話した。前日にはスタンドでレスリング選手だった母初江さん、妹で62キロ級に出場している友香子選手(22 至学館大学)とともに、仲間を応援しながら携帯ビデオでロン選手の研究もしていた。

 チームリーダーを任されている川井は「まだリーダーとしては何にもできてないけど、いつか吉田沙保里さんのようにみんなを引っ張っていける人になりたい」などと前向きだった。まさに、吉田沙保里、伊調馨に続く「日本のエース」の誕生だった。

 今回の世界選手権、階級変更したため川井はノーシード扱いで前日は一回戦から戦ったが、準々決勝まで危なげなく勝ち上がり、準決勝では吉田沙保里も「やりにくかった」という、アフリカの女王アデクオロイ(ナイジェリア)と対戦。最初、場外に出てしまい1ポイントを奪われたが、落ち着いていた川合は2ピリオド、両足タックルから相手を転がすなど6−1で逆転勝利。マットに膝をついたままガッツポーズを取り、スタンドで見守った母、初江さんに手を振った。川井はこの時点で「世界選手権三位以内」という東京オリンピックの代表権を獲得したため、金メダルを取ったリオ五輪に続く五輪2大会連続出場となっていた。これで、五輪4連覇の伊調馨(35 ALSOK)がこの階級で東京五輪に出る可能性はなくなり、熾烈だった二人の五輪代表争いはようやく終始符が打たれた。

 川井は五輪内定を決めた後、「目の前の人に負けたくないという気持ちで、最後までタックルで行こうと思えたのが良かった。すごい特徴のある選手がたくさんいる中でのトーナメントで、日本でもいろいろなタイプの選手に練習してもらって、その結果で怖がることなく攻められたので、いつも練習してくださっているみんなに感謝したい」などと淡々と語った。昨年の全日本選手権で復帰したばかりの伊調に敗れた時は「レスリングをやめることも考えた」という川井。明治杯(全日本選抜選手権)、7月のプレーオフで伊調を連破して今大会の代表を決めた際はつらい半年を振り返って涙を見せていた。しかし「馨さんに勝ったのに世界選手権で負けてたら意味がない」と臨んだ今回は、吹っ切れたのか終始、積極果敢だった。


■姉妹で東京五輪


 妹の友香子との姉妹五輪出場を狙う川井梨紗子はこのために自ら階級を変えていた。もともとは伊調馨と同じ63キロ級だった。川井はリオデジャネイロ五輪では見事に金を取ったが、この時は伊調と階級を変えていた。周囲の勧めもあったが、「当時、馨さんとの代表争いを逃げたように思われることが引っかかっていた」という。

 だが、今回は、昨年のパワハラ騒動などもあったことで伊調薫の復活劇が全国民に注目された中、彼女との三度にわたる厳しい戦いを乗り越えての世界選手権代表、そして念願の東京五輪内定の獲得だった。川井梨紗子は「馨さんとの戦いでは精神面で強くなれたと思います」と振り返った。

「何度も階級を変えて出てきたので気にならない」の言葉通り、姉には不安を感じさせるものはなかった。妹の友香子は三回戦でキルギスの選手を相手に1−1の同点から試合終了直前に、無理なローリングを返されてまさかのフォール負けをし泣き崩れた。しかしキルギスの選手が決勝まで勝ち上がったため敗者復活戦に回り、20日に行われた敗者復活戦を勝ち上がって三位決定戦で北朝鮮の選手を破り三位となった。これで友香子も東京五輪に内定。見事に「姉妹で東京五輪」となった。

 姉の梨紗子は前日、「妹が負けた時はホテルにいて見ていなかった。ホテルでテレビつけてもやってなかった。後で聞いてショックだった。でも私が優勝したのが励みになったら」と話したが、スタンドから母の初江さんと必死に応援。勝利の瞬間は再び、泣き崩れていた。

 伊調馨は川井友香子が三位以内に入れなかった場合、彼女と同じ階級に変更して挑戦する可能性は残っていたが今大会の川井姉妹の奮戦により東京五輪への道は完全に断たれた。現時点では進退を明らかにしていない。

 川井姉妹を早くから指導してきた栄和人氏(元全日本代表強化本部長)は今大会、自費参加してスタンドで声を嗄らしていた。

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に「サハリンに残されて」「警察の犯罪」「検察に、殺される」「ルポ 原発難民」など。

週刊新潮WEB取材班編集

2019年9月23日 掲載

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