米国大統領選を10倍楽しむための基礎知識 候補者たちの名前からルーツを読み解く(八幡和郎)

米国大統領選を10倍楽しむための基礎知識 候補者たちの名前からルーツを読み解く(八幡和郎)

スーパーテューズデーで勝利して、民主党の最有力候補になったジョー・バイデン(Gage Skidmore/Wikimedia Commons)

 アメリカは移民の国である。だいたいのアメリカ人は自分の先祖がどこに国から移民してきたのか知っている。

 日本では政治家が外国にルーツを持つことを語ると、なんとなくヘイトのように受け取る人がいるが、ポリティカルコレクトネスの本場であるアメリカやヨーロッパではそんなことはありえず、系図の専門家などが教会の記録なども調べて、父祖だけでなく細かく血筋を調べたり、誰と誰が親戚だということを見つけたりする。

 たとえば、オバマ前大統領の場合でいうと、父はケニアの少数民族でビクトリア湖周辺に住むルオ族だが、母親のアン・ダナムの父祖は17〜18世紀にイングランドから渡ってきたもので、スコットランド、アイルランド、ウェールズ、フランス、ドイツ、さらに一説によればアメリカ先住民のチェロキー族を祖先に持つという。そして、チェイニー元副大統領やジョンソン元大統領、トルーマン元大統領とも親戚らしい。

 アメリカの黒人の多くは、奴隷所有者の名前を継承したり、奴隷所有者の男性と女性奴隷の子孫が多いのでアングロサクソン系の姓が多く、姓もアフリカ起源というオバマは特殊だ。

 歴代の大統領を見ても、多いのはイングランド起源だ。ワシントン、リンカーンもそうだが、ブッシュ、クリントン(養父の名で本来はブライスだがいずれもイングランド)、カーター、フォード(生家はキング)、ニクソン、ジョンソン、トルーマンなど名前からしてイングランド起源(アイルランド、スコットランドと区別できない人もいるが)の人が多数派だ。

 例外はというと、セオドアとフランクリン・デラノの二人の大統領を出したルーズベルト家は、1649年にクラウス・M・ローゼンベルツがオランダのハーレムから当時はニューアムステルダムといったニューヨークに移住した名門である。2代目のニコラスが英語で読みやすいようにルーズベルトと改めた。

 フランクリン・デラノ・ルーズベルトの母親であるサラ・デラノは、フランス系(ユグノー)である。

 ドイツ系は、フーバー、アイゼンハワーとトランプだ。アイゼンハワーは、ペンシルベニア・ダッチといわれる17〜18世紀にペンシルベニアに多く移住したドイツ人の集団に属し、19世紀に中西部に大挙、やってきたドイツ系移民とは違う。ザールブリュッケン郡からスイスを経てアメリカに来たらしいが、父親はスウェーデン系ユダヤ人と称していたこともあるという。なにかの都合で父方でなく母方などのルーツに改名したりする人もいるようだ。

 余談だが、イギリスのジョンソン首相はオスマン・トルコの高官の家系だが、祖父母方の姓に改名しているし、イギリスの女王殿下の夫君はギリシャ王家出身だが、イギリスに帰化するときにドイツ系の母方の姓であるマウントバッテンを名乗った。

 ケネディはその祖父が、アイルランドからボストンに移住してきた。これまでカトリックの大統領は、結局のところケネディしかいない。レーガンもアイルランド系だが、スコットランド系の母親に従ってプロテスタントになっている。ペンス副大統領は、アイルランド系のカトリックの家庭に生まれたが、現在は「どこの教会にも所属しない福音派」だそうだ。

 ドナルド・トランプ現大統領は、祖父フレデリック・トランプがドイツ移民で、もともとはフリードリヒ・トルンプ(Friedrich Trump)で、ラインラント=プファルツ州バート・デュルクハイム郡の出身だ。バイエルン王国領だったらしい。

 アメリカの白人でも、イングランド系はクリントンのように背が高く手足が長く、中西部に多いドイツ系はがっちりした体形の人が多いが、トランプもドイツ的な風貌だ。


■ユニークな祖先を持つ候補者たち


 今度のアメリカ大統領選挙の候補者たちは、なかなかユニークな先祖を持っている。それはアメリカ社会の多様化の結果としても面白い観察材料だ。

 スーパーテューズデーで勝利して、民主党の最有力候補になったジョー・バイデンについていえば、イギリスのサセックス(イングランド南東部で英仏海峡に面したカウンティ。ヘンリー王子はサセックス公爵)からボルティモアへの移民という正統派で、フランスやアイルランドのDNAも引き継いでいる。カトリック教徒だ。

 バイデンの対抗馬である、バーニー・サンダースの父は、当時のオーストリア・ハンガリー帝国、現在はポーランド領になっているガリチア地方からのユダヤ人移民で、母親もロシア・ポーランド系のユダヤ人だ。ガリチア地方は、ポーランド・リトアニア大公国の一部として栄え、ユダヤ人が多く、彼らはイスラエルでもアメリカでも隠然たる力を持っている。

 ポーランド分割でハプスブルク領となったが、第二次世界大戦後、その大部分はウクライナ領になった。サンダーズ家の故郷は西部でポーランドに残された地域だ。ただし、サンダーズはパレスティナ寄りだからややこしい。宗教については、「無神論者ではなく、自分の方法で神を信じている」と語っている。

 アイオワ党員集会で勝利しながら撤退したピーター・ポール・モンゴメリー・ブティジェッジ(Peter Paul Montgomery Buttigieg)の名字は、その発音にアメリカ人も苦労しているそうだが、先祖はマルタ人である。

 マルタ島はカルタゴに始まり、ローマ帝国、イスラム帝国、シチリア王国を経て、聖地から撤退してきた聖ヨハネ(マルタ)騎士団が長くその本拠を置き、ナポレオンに占領されたあとイギリスの植民地を経て独立した。

 そんなことから、マルタ語はアラビア語から派生した言語で、文字はアルファベットを使っている。つまり、言語から見る限りはブティジッジはアラブ系ということになる。

 それに対してダークホースといわれ副大統領候補として有望とも言われるエイミー・クロブッシャー(Amy Klobuchar)上院議員はどこかと思ったら、クロアチア・スロベニアあたりらしい。メラニア・トランプ夫人はスロベニア出身だから同じ民族だ。

 エリザベス・ウォーレンは旧姓ヘリング(Herring)で明らかに英国系の家系だが、チェロキー・インディアンの先祖がいると言い出した時は政治問題化した。DNA鑑定の結果、6〜10代前に1人いたかも、という程度のことらしい。

 そして、後出しジャンケンながらも存在感を示したマイケル・ブルームバーグは、ロシア系ユダヤ移民の孫でユダヤ教徒だ。

 すでに撤退した中では、アンドリュー・ヤンは台湾系、フリアン・カストロはメキシコ系、カーマラ・ハリスの父はジャマイカ出身だが、母親はチェンナイ出身のインド人でカーマラという名もサンスクリット語で「蓮の女性」を意味する。

 インド系と言えば、トランプ政権下で国連大使をつとめ、トランプ後継の有力候補でもある、ニッキー・ヘイリー(旧姓ランダワ)の両親は、インドのパンジャブ州から来たシーク教徒で、メソジスト派信者の夫と結婚して改宗している。

 以上のとおり、大統領候補もアングロサクソン優勢が崩れ、非常に多様化しているが、それでも、本人もアメリカ社会も、彼らのルーツを意識しないということはありえないのである。

八幡和郎(やわた・かずお)
評論家。1951年滋賀県生まれ。東大法学部卒。通産省に入り、大臣官房情報管理課長、国土庁長官官房参事官などを歴任。徳島文理大学教授。著書に『誤解だらけの皇位継承の真実』『令和日本史記』『歴史の定説100の嘘と誤解:現場からの視点で』など。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年3月13日 掲載

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