【コロナ禍】外出制限でDV急増のフランス 「マスク19」の合言葉で薬局が果たす重要な役割

【コロナ禍】外出制限でDV急増のフランス 「マスク19」の合言葉で薬局が果たす重要な役割

仏DV対策「マスク19」で通報

【コロナ禍】外出制限でDV急増のフランス 「マスク19」の合言葉で薬局が果たす重要な役割

1週間で32%DV件数が増加(写真はイメージ)

 コロナウイルスの世界的な流行により、外出制限や自粛の影響で夫婦喧嘩や離婚が増えたというニュースをよく耳にします。

 単に一緒にいる時間が長くなったからではなく、未知のウイルスに対する不安、経済的心配や外に出られないストレス、子どもがいるカップルにとっては育児に伴うストレスの増加…様々な理由で喧嘩や離婚が増えているのは悲しいことです。

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 一方、フランスでは喧嘩や離婚よりも家庭内暴力(DV)の増加が問題になっています。背景には、どちらかが外に出ていくか、一生の別れを決めて即離婚、というわけにはいかないフランス特有の事情があるようです。

 ご承知のように、フランスは外出制限が厳しく、外に出るのにも証明書が必要です。カッとなったからといって証明書を持たずに外に飛び出せば罰金を取られるかもしれません。

 またこちらでは事実婚も多いのですが、正式に結婚しているカップルが離婚する場合、弁護士が間に入るので時間もかかります。不要不急の外出ができないフランスで今すぐ離婚しよう、というのは現実的ではありません。その結果、DVが増えているのではないでしょうか。

 専門家は、暴力を振るうパートナーが家にいるため、警察や被害相談ダイヤルに電話をかけるなど助けを求めることができない女性が多いのでは、と分析しています。


■外出制限によりDVは増加。5倍の通報と48%増の警察介入


 クリストフ・カスタナー内務大臣によれば、フランスでコロナウイルスによる外出制限が始まった3月17日以降、1週間で32%(パリ地域では36%)DV件数が増加しました。警察がDV事案で介入したケースも48%増加したと発表しています。さらに政府が設置しているDV被害相談のチャットサービスへの相談件数は、2019年は54件だったのに対し、今年はすでに759件に達しているそうです。DV被害通報ダイヤル「3919」には3月21日から4月10日までの間に6300件以上の電話がありました。

 外出制限が始まった翌週には、夫が81歳の妻を殺害、男性が2人の子供の前でパートナーを刺殺した後自殺した事件など、すでにDVによる殺人事件も起きています。警察へのDV通報件数は外出制限が始まった3月17日から1か月で、通常時の5倍に増加しています。


■元々フランスはDVが多いのか


 私はフランスに住んで5年になりますが、実をいうと、これまで身近でDVの話題は聞いたことがありませんでした。メディアで取り上げられていた記憶もありません。調べてみるとDV問題が表面化してきたのは最近のようです。

 この数年、被害者は増加しており、調査でわかっているだけでも昨年1年間で148人の女性が現在もしくは過去のパートナーに殺されています。

 INSEE(国立統計経済研究所)によると、年間約22万人の女性がDVの被害に遭っていて、このうち警察等に被害届を出しているのは19%にとどまっています。一方、裁判で有罪判決を受けた加害者は約2万人にのぼるそうです。(2012-2018年の平均値)

 女性に優しいイメージの強いフランス人男性ですが、マッチョな男性も少なくないようです。日本ではマッチョというと、筋肉の発達した体型の男性を思い浮かべるかもしれません。こちらでいうマッチョとは、男性優位主義の人のことで、女性をリスペクトしない男性を指して言われることが多いようです。

 そのマッチョな男性がフェミサイド(女性を標的とした殺人)を起こしていると言われており、筋肉質な男性に対して「あなたはマッチョね」と言うと誤解されるので気をつける必要があります。

 そのような男性優位主義のせいだけでなく、失業や貧困、アルコール、ドラッグ等の問題もあります。過去にDVでパートナーを殺した加害者の70%以上は失業中もしくは退職していて、通報されたときアルコールを飲んでいた割合は高く、違法ドラッグに関する前科があるケースが10%以上という調査結果もあります。

 ですので、フランス社会で普通に仕事をして犯罪と関わらず、アルコールに溺れることなく生きている人の周囲ではDVの話題が出なくても不思議ではありません。以前の記事に書いたようにフランスの失業率は9.1%と日本の約4倍の高さです。失業から生まれる経済的困窮など社会の偏った層にDV問題が起こりやすいのであれば、顕在化しにくい社会問題がコロナ危機により炙り出されて大きく表面化したともいえるではないでしょうか。


■政府・民間による幅広いDV対策


 DVの増加に伴い、次のような対策が取られています。日本でいう110番にあたる通常の警察「17」に加え、パートナーが同じ家の中や傍にいて連絡することができない場合にメッセージだけで助けを求められる「114」があります。携帯電話のショートメッセージ機能で名前と現在地、状況を送ると警察が駆けつけてくれます。身の危険が予想される場合は、メッセージを下書きしておくことが勧められています。元は聴覚障がい者のための緊急番号ですが、外出制限によるDVの増加に対応するために利用可能になりました。

 TGD(Telephone grave danger、重大な危険時の電話)という、一般には広く知らされていない緊急SOSシステムもあります。これは、検察官が身の危険があると判断した女性のみ所持できる携帯電話のような端末で、側面のボタンを押すだけでテレアシスタントを経由して警察に通報され、平均して5、6分で警察が駆けつけるシステムです。これは2014年の男女平等法に基づく施策で、夫婦間暴力や性的暴行から被害者を守るための措置として導入されました。

 各自治体も女性のために様々な相談センターを設置しています。例えばパリには外国人女性専用の暴力被害相談センターや、フェイスブックメッセンジャーなどを活用して被害者を支援する協会もあります。


■外出制限後に始まった新たな対策


 急増中のDVに新たな対策も取られています。「マスク19」という合言葉を使い、薬局から通報するシステムが整備されました。被害者本人が薬局に行き店員に伝える必要がありますが、外出制限により常にパートナーが近くにいて、家から電話ができない状況でも、助けを求める手段が増えました。日本のコンビニエンスストアと同じように、フランスの薬局は大体どこの地域でも近くにあります。

 大型スーパーやショッピングセンターを受付場所とした被害女性の支援も始まっています。フランス北部のアラスでは、大型スーパーのオーシャンに警察の窓口と、小型スーパーには軍警察の窓口を設けました。フランスでは日本のように交番が街中になく、DV被害者が助けを求めることが容易でないために誰でもアクセスできるスーパーに開設されました。DV被害者の支援のためにタクシー運転手とも提携しています。
自治体によってスタイルは異なりますが、ソーシャルワーカーに相談してアドバイスを受けたり、避難場所を提供してもらえたりなど、DV被害者がより容易にアクセスできるよう考案されています。

 マルレーヌ・シアッパ女男平等・差別対策担当副大臣は、政府がDV被害女性のためにホテル2万泊分の部屋と、DV被害女性を支援する協会に100万ユーロ(約1億1700万円)確保したこと、臨時の被害者サポート場所をパリと近隣のショッピングセンターに4か所設置し、順次増やしていく計画も発表しています。

 それとは別に、民間で暴力被害者の女性を支援する財団「フォンダシオンファム」は約200万ユーロ(約2億3400万円)を調達したと報告しています。資金は、被害女性が避難する一時的宿泊施設や食糧の支援に使用されます。また提携企業等の支援により4万泊分のホテルの部屋を確保しています。

 DV防止策として3月24日、フランス北部にあるアイネ県はDV防止策として夕方以降のアルコールの販売の禁止を発表しています。4月17日にはブルターニュにあるモルビアン県も強いアルコールの持ち帰り販売を禁止しました。DV加害者はアルコールを飲んでいるケースが多かったためです。

 実際、こうした対策は効果を上げています。DV被害通報「3919」は、1日350−400件の通報を受けています。薬局経由で通報できるシステムにより4月11日には18歳の女性が8か月の娘と駆け込み、元夫が逮捕されるなど、加害男性が拘留されているケースが複数報告されています。4月16日時点で、DV被害女性の受付窓口を設けたショッピングセンターや大型スーパーでは60人以上の女性が保護されています。

 新しい取り組み、システムが奏功しているのは間違いないようです。


■フランスのDV問題の今後


 政府は外出制限を5月11日まで延長すると発表しています。外出制限が長引けばDVの件数も増加していくことは避けられません。

 それでもDV問題はコロナウイルス危機により悪化したことで、かえって社会問題としてより強く顕在化してきました。そのことにより対策を求める声も高まり、政府も民間も一層の支援に乗り出しています。

 社会全体が力を入れてDV防止、被害者の支援に取り組んでおり、助けを求める手段が増えて認知度も高まっているのは明らかです。

 コロナ危機による社会の変化のひとつとして、DV被害の防止策がより充実し、これらの取り組み、支援が危機の収束後にも継続されてDV問題が減少していくことを願っています。

ヴェイサードゆうこ
翻訳家・ジャーナリスト。青山学院大学国際政治経済学部卒。ITベンチャーから転身し、女性向けweb媒体のライター、飲食専門誌の編集記者として執筆。2016年よりフランスに移住し、現在はYouTubeで現地情報を発信中(http://bit.ly/2uQlngQ)。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年4月27日 掲載

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