「メリー・クリスマス」と言えなくなったアメリカ社会の問題

2016年のアメリカ大統領選挙でトランプ前大統領が選ばれたのは、行き過ぎたリベラル勢力の主張にあった。異色の郵便学者・内藤陽介氏が、ウソかマコトかわからないニュースが垂れ流されている現代社会において、本質を見誤らないようにするための基礎知識を解説する。

※本記事は、内藤陽介:著『世界はいつでも不安定 国際ニュースの正しい読み方』(ワニブックス:刊)より、一部を抜粋編集したものです。

■行き過ぎたリベラルが生んだトランプ

アメリカのドナルド・トランプ前大統領は非常に毀誉褒貶の激しい人物です。トランプは差別主義者で、アメリカ国民の分断を煽ったとんでもない人物だとして、彼を毛嫌いする人も少なくありません。

たしかに現在のアメリカが、“価値観”によって大きく分断されていることは事実でしょう。しかし、それがすべてトランプのせいだというのは、さすがに無理があります。

2016年の大統領選挙で、トランプが勝利を収めた要因としてはさまざまなものが挙げられますが、そのひとつとしてトランプは、あまりにも過激で先鋭化したリベラル派の主張に、嫌気がさしている善男善女の不満をうまく吸収した、という面があったことは否定できません。

▲ドナルド・トランプ 出典:ウィキメディア・コモンズ

1980年代以降のアメリカ社会では、いわゆるポリティカル・コレクトネス(PC)が猖獗(しょうけつ)を極め「“差別”を是正する」という大義名分のもと、リベラル勢力による激しい“言葉狩り”が横行してきました。

たとえば、議長を「チェアマン」と呼ぶのは男女差別なので「チェアパーソン」と呼ばねばならない。「メリー・クリスマス」は、非キリスト教徒に配慮して「ハッピー・ホリデー」と言い換えなければならない、などはその典型です。

もちろん、明らかに悪意を持って差別語を使うことは厳に慎むべきでしょうが、このようにあまりにも極端で先鋭化したリベラルの主張に対して、常識的な感覚の人々が素朴な疑問を持つのは当然のことです。

しかしながら、アメリカの言論空間では、“フツーの人たち”が自分たちの“常識”に照らして、ポリティカル・コレクトネスの行き過ぎに疑問を呈することさえ「差別」として糾弾されかねないという、異常な状況にありました。そして、いったん「差別主義者」のレッテルを貼られてしまったら最後、社会的に大きなダメージを受けてしまう。そんな現状に対する不満が、アメリカ社会には渦巻いていたわけです。

■語弊のある「差別主義者」としてのトランプ

たとえばトランプに対しては、2016年の大統領選挙当時から「移民排斥の差別論者」という非難がしきりに浴びせられましたが、トランプの移民政策の主張を冷静に検証してみると、彼が「すべての移民を排斥しろ」と主張したことは一度もありません。あくまでも「不法移民はいけない」と主張しているだけです。

移民問題について、トランプの主張をざっくり要約すると、こんな感じになります。

そもそも、移民を受け入れるには、犯罪者やテロリストが紛れ込まないように、きちんとチェックする体制がなければならないし、仮に真面目な働き者であっても、不法な手段で入国するのは、法律に則って移民しようとする人々に対してアンフェアである。

不法移民をコントロールできないということは、国境を守れないということであり、自国の国境を守れないということは、国家としての最低限の要件を満たしていないということだ。

また、不法移民を黙認し続けてきた結果、(不当・不法で)安価な労働力が流入し、一般のアメリカ市民の賃金を低下させ、失業率を上昇させた。だから、アメリカ市民のために、きちんと機能する移民制度が必要なのだ――。

▲2019年テキサスにて一時拘留されるメキシコ家族の移民 出典:ウィキメディア・コモンズ

実際、メキシコを中心としたラテン・アメリカからの不法移民・不法滞在者は、アメリカ国内に現在3000万人以上いると推定されています。それに伴い、犯罪者やテロリストの数も急増して刑務所は常に満杯状態でした。

不法滞在者であっても「人道上の理由」から病院で無償の診療を受けることができるほか、その子どもは教育を受ける権利が与えられ、自治体によっては自動車の運転免許を取得することができます。さらに、彼らの社会保障に対しては、莫大な額の税金が投入されています。

こうした実情を目の当たりにすれば、真面目に働いて真面目に税金を納めている善男善女が不満を持つのも当然でしょう。しかし、アメリカ国内でそうした不満を口にすると「差別主義者」のレッテルを貼られるのが実情なのです。

経済界も、安価な労働力としての不法移民・不法滞在者を重宝しているので、不法移民の問題については見て見ぬふりをし続けています。政治家の多くも票田を失うことを恐れて、この問題をタブー視してきました。

■消えゆく「メリー・クリスマス」

こうした背景があるので、リベラル色の強い大手メディアや知識人が、トランプの移民政策を「人種差別」と糾弾すればするほど、現実の社会のなかで額に汗して働いている市民たちの反発が鬱積し、2016年の大統領選挙ではトランプの勝利につながる構図がつくられたわけです。

Merry Christmas from President Donald J. Trump and First Lady Melania Trump. @realDonaldTrump & @FLOTUS are seen December 10, in their official 2020 Christmas portrait,on the Grand staircase of the White House in Washington, D.C. (Official White House Photo by Andrea Hanks) pic.twitter.com/PA63RYGSKE

? Melania Trump 45 Archived (@FLOTUS45) December 18, 2020

ちなみにトランプは、2016年の選挙戦を通じて、極端なポリティカル・コレクトネスの愚行を非難し「アメリカが再び『メリー・クリスマス』と言える国に」と訴え続けてきました。

そして当選後の12月13日には、ウィスコンシン州での遊説で「18カ月前、私はウィスコンシンの聴衆にこう言った。いつかここに戻って来たときに、我々は再び『メリー・クリスマス』と口にするのだと。……だから、みんな、メリー・クリスマス!」と聴衆に呼びかけ、喝采を浴びています。

そもそもアメリカ合衆国という国は、イングランドで宗教上の迫害を受けてきた人々が、1620年にメイフラワー号に乗ってプリマスに移住してきたのを皮切りに、その後、プロテスタントの各宗派が各地にそれぞれのコミュニティ、すなわちステイツ(states=州)をつくり、それが連合してできあがったという“建国の物語”があります。

そこから、かつては「アメリカは、プロテスタントの白人が自らの信仰を守るために建国した国なので、WASP(=White:白人、 Anglo-Saxon:アングロ・サクソン、 Protestant:プロテスタント)が国家の指導層を独占するのは当然」という考え方が常識とされていました。

もちろん「WASPに非ずんば人に非ず」とばかりに、有色人種・ユダヤ教・イスラム・カトリック・仏教などを迫害するといった行為は、非難されるべきです。

しかし、他人の信仰に口を出すわけでもないのに「メリー・クリスマス」と口にすることさえタブー視される社会というのは、やはり異常といえるでしょう。

▲消えゆく「メリー・クリスマス」 イメージ:PIXTA

関連記事(外部サイト)