プーチンの旧ソ連再編に必要不可欠だったウクライナの存在

ロシアの「ユーラシア経済連合(EEU)」、EUの「東方パートナーシップ(EaP)」。繰り広げられる勢力圏争いによって、ロシアと西欧、旧ソ連諸国は両方とつながりを持ち続けることが難しくなっている。ロシアの軍事研究の第一人者・小泉悠氏が、双方の提唱する構想を紐解く。

※本記事は、2019年6月に刊行された小泉 悠:著『「帝国」ロシアの地政学 -「勢力圏」で読むユーラシア戦略-』(東京堂出版:刊)より一部を抜粋編集したものです。

■EUとコミットしていいかはモスクワが決める

▲クレムリン 出典:f11photo / PIXTA

2012年に大統領選を控えていたプーチン首相(当時)は、2011年秋から2012年初頭にかけて、事実上の選挙公約となる一連の政策論文を新聞各紙に投稿する。そのなかでも『イズヴェスチヤ』紙に掲載された論文「ユーラシアの新たな統合プロジェクト――今生まれつつある未来」は、旧ソ連全体にわたる統合構想を提起するものとして注目を集めた。

「共通経済空間(EEP)」や、ロシア・カザフスタン・ベラルーシによる関税同盟を基礎として「ユーラシア経済連合(EEU)」を結成し、さらにこれを発展させて「ユーラシア連合」を目指そうというものである。

プーチン論文から一部を引用してみよう。

関税同盟と共通経済空間の建設は、将来のユーラシア経済連合を結成するうえでの基礎を成すものである。同時に、キルギスとタジキスタンに対する全面的な働きかけを通じて関税同盟と共通経済空間加盟国の輪を拡大することになろう。

我々はそこに留まらず、自らの野心的な課題に立ち向かう。すなわち、より高度な次なる統合形態として、ユーラシア連合に踏み出すのである。

このプロジェクトの将来と沿革において、何が予見されるだろうか?

第一に、これはソ連を別の形で再建しようというものではない。すでに過去となったものをナイーヴにも焼き直そうとかコピーしようというのではなく、新たな価値・政策・経済を基礎とする緊密な統合だ。これは時代の要求である。

我々は、現代の世界における極の一つとなりうる、そしてそれに伴ってヨーロッパとダイナミックなアジア太平洋地域の間の効果的な「架け橋」となりうる、力強いスープラナショナルな(訳注:超国家的な)連合体のモデルを提案しているのである。

プーチンも断っているように、これはソ連の再建を目指すものではない。他方で、ロシアが勢力圏とみなす旧ソ連諸国を、経済や社会の統合によってまとめあげていこうというものであったことも事実であろう。そして、旧ソ連内におけるウクライナの存在感を考えるならば、プーチンの旧ソ連再編構想には同国が必ず含まれていなければならない。EEUは、その第一歩となるものであった。

▲ユーラシア連合関税同盟 出典:Leftcry(ウィキメディア・コモンズ)

さらに、プーチンが論文の後段で述べているのは「将来的にEUとEEUは連携するのだから、EEUへの加盟は『欧州の選択』と矛盾せず、むしろ欧州への統合の早道になる」ということであった。

裏を返せば、プーチン論文は任意の国がEEUとEUの両方に加盟することは“想定していない”ことになる。これは、ロシア主導のユーラシア統合とEUの双方に同時にコミットできる、という従来のロシア政府の立場を後退させたものであり、「『狭間の国々』がEUと統合する程度とペースはモスクワが決める。(EU本部のある)ブリュッセルと直接取引することはお薦めしない」というメッセージであった。

ここでプーチン首相が念頭に置いていたのは、欧州近隣諸国政策(ENP)であったと思われる。2004年の第5次EU拡大によって、バルト三国と東欧のチェコ・ハンガリー・ポーランド・スロバキア・スロベニアがEU加盟国となり、2007年にはブルガリアとルーマニアがここに加わったことで、EUは旧ソ連のベラルーシ・モルドヴァ・ウクライナと直接に国境を接することになった。

そこで、EUは地中海地域の旧植民地諸国とともに、旧ソ連諸国をENPの対象国(当初は前述の3ヵ国のみであったが、のちに南カフカスのアルメニア・アゼルバイジャン・グルジアも含められた)に加えたのである。このうち、旧ソ連諸国向けのENPは東方パートナーシップ(EaP)と呼ばれ、2009年からスタートした。

■「EUにとって安全にする」ことがEaPの目的

EaPの主眼は、旧ソ連諸国に民主化やガバナンスの改善といった国内改革を迫ることと引き換えに、「高度かつ包括的な自由貿易圏(DCFTA)」を結んで、EUとの通商や人的往来を自由化するというものであった。言い方を変えれば、拡大EUのすぐ隣に存在する不安定な新興独立諸国を「EUにとって安全にする」ことが、EaPの目的であったと言えよう。

しかし、DCFTAは参加国の経済政策を強く縛るものであるために、排他的な性格を有していた。つまり、DCFTAへの参加は、ほかの経済連合(たとえばロシアの関税同盟)への加盟とは両立しないということである。

RAND研究所のチャラップとハーバード大学のコルトンの表現を借りるならば、これは「ロシアと欧州の双方とつながりを持っておくという、多くの国々がそれ以前に追求していた中間的オプションを排除する」ことを意味していた。

ロシアが抱く「勢力圏」の観念と、ここまで述べたENPの排他的性格とを考え合わせれば、これがロシアにとって極めて面白くないものであったことは明らかであろう。2009年、ミュンヘン国際安全保障会議に出席したロシアのラヴロフ外務大臣は、EUによる勢力圏拡大の試みであるとして、EaPを強く非難した。

欧州諸国は、こうしたロシアの反応こそが古めかしい勢力圏思想の表れであるとして、一蹴する姿勢を示したが、ポーランドやバルト三国といった新規EU加盟国の対露脅威認識が、EaPに反映されていなかったとは言えまい(ただ、EUが明確な対露封じ込めという観点からEaPを推進したかと言えば、そこまで明確なコンセンサスは存在しなかったというのが実情であるようだが)。

ロシア自身も、EaPを勢力圏に対する挑戦と受け止め、DCFTA参加交渉を始めていたアルメニアやモルドヴァからの食品輸入を禁じるなどの措置をとり始めた。

▲セルゲイ・ラブロフ 出典:2019 Comprehensive Test-Ban Treaty Article XIV Conference(ウィキメディア・コモンズ)

なかでも、ロシアにとって受け入れがたかったのは、ウクライナのヤヌコーヴィチ政権までが、EaPに基づくDCFTAへの参加の意向を示したことであった。これに対してロシアは、ウクライナ産の農産物の輸入制限をかけるとともに、ウクライナに対する最恵国待遇の廃止を示唆するなどの脅しをかけ、関税同盟への加盟を吞ませようとした。

さらにロシアは、150億ドルに及ぶウクライナ債の購入と、ウクライナ向け天然ガス価格の割引(1000立方メートルあたり400ドルであったものを268.5ドルへ)によって、ヤヌコーヴィチ政権を翻意させ、DCFTAの具体的内容を定めた連携協定に調印する一週間前に、調印撤回の方針を採択させることに成功する。

ヤヌコーヴィチの翻意には、職権濫用で収監されていた政敵のティモシェンコ元首相の釈放問題をめぐるEUとの葛藤も影響を与えたようだが、他方、ヤヌコーヴィチの狙いは、ロシアから利益を引き出すことであり、連携協定への締結は最初から考えていなかったという見方もある。

ここで成立した合意は、あくまでもウクライナがEUとの関係拡大に踏み出さないというものであり、ロシア主導の関税同盟や、その他の枠組みに参加するというものではない。それでも、ウクライナが西側の政治・社会・経済的枠組みの中に組み込まれることは、ロシアにとって許容しがたい事態だったのであり、多額の経済的代償を払う価値はあったということなのだろう。

▲ヴィクトル・ヤヌコーヴィチ(左)とロシアのドミートリー・メドヴェージェフ 出典:Kremlin.ru(ウィキメディア・コモンズ)

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