エリザベス女王崩御によって加速するイギリスの分断

70年7か月にわたる在位期間中、精力的に公務を行っていたエリザベス女王という絶対的な権威を失ったイギリス。EU離脱から始まる国民の分断が、イギリスの象徴でもある彼女の崩御により、さらに進むことが予想されています。

すでにイギリスでは、「どこか(somewhere)にしか住めない人」と「どこにでも(anywhere)住める人」、つまり「サムウェア」と「エニウェア」に分かれているそう。この現象がはらむ問題を、元駐ウクライナ大使でディープステートについてよく知る馬渕睦夫氏と、産経新聞社の前ロンドン支局長でイギリスの現状に詳しい岡部伸氏が語ります。

※本記事は、2021年5月に刊行した馬渕睦夫×岡部伸:著『新・日英同盟と脱中国 新たな希望』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

■「サムウェア」と「エニウェア」

——イギリスではブレグジット(EU離脱)以降、分断が収まるどころか、さらに分断が進んでいるそうですが、今のアメリカのような状況は、これからイギリスでも起こりえるのでしょうか?

岡部 起こりえますね。いや、すでに2016年のEU離脱を選択した国民投票から、分断は始まり、現在も続いています。今も、半分が離脱でもう半分が残留、この比率はほとんど拮抗して変わらないのです。

国民投票では、イギリス全体で離脱派が52%、残留派が48%となり、わずか4ポイント差で離脱が選択されました。当時は、そのうち時間とともに離脱派・残留派どちらかに収斂されるだろうと思われていましたが、結局は拮抗したまま今も分断状態が続いているわけです。

▲ウェストミンスター宮殿前でブレグジット反対デモを行う英国市民ら(2018年12月4日) 出典:Mark Ramsay(ウィキメディア・コモンズ)

だから、2021年1月31日に完全離脱したとはいえ、首都のロンドンを中心に生活する残留派の人は、再びEUに戻る日を楽しみにしています。特に若い人たちは、生まれたときからイギリスがEUの一員だったので、EUに戻りたいと主張しています。

一方、産業革命の工業地帯で栄えたイングランド北部の地方都市に住む、保守的な高齢の人たちは「これで大英帝国時代のイギリスに戻った」と喜んでいます。おそらく、この状況はしばらく変わらないと思いますね。

ところで、興味深い分析があります。イギリスのジャーナリストのデイビット・グッドハートさんが著書『The Road to Somewhere: The Populist Revolt and the Future of Politics』で、彼らのことを「エニウェア(anywhere)とサムウェア(somewhere)の人たち」と呼んでいます。

意味としては「どこにでも住める人」と「どこかじゃなければ住めない人」です。ようするに、「どこにでも(anywhere)住める人」というのが残留派で、「どこか(somewhere)にしか住めない人」というのが離脱派です。

これをアメリカにあてはめると、ラストベルトの人たち、いわゆる「グローバリズムに取り残されて反対した人たち」は「サムウェアの人たち=どこかにしか住めない人たち」です。

反対にワシントンやニューヨークなどの大都市が集まる西海岸・東海岸の「グローバリズムの恩恵にあずかった人たち」は「エニウェアの人たち=どこにでも住める人たち」だということになります。そういう色分けで見ると、じつは今のアメリカとイギリスで起きている現象は同じことになります。

▲ニューヨークはエニウェアの人たちの街 イメージ:PIXTA

そして、英国では25%にすぎなかったエニウェアタイプの増加が、ブレグジットはじめ世界を分裂させる原因になったというのです。

馬渕 面白いですね。

岡部 じゃあ、サムウェアとエニウェアの人たちは交わるかというと、基本的には交わりません。交わらないけど、なんとなく国が一緒なので、ひとつの集合体としてやっている。

イギリスの場合だと、ブレグジットに対する基本的な考え方、ヨーロッパとの付き合い方については、意見が分かれたままだけど、48対52という僅差とはいえ、国民投票で決まった以上は仕方がない、という空気です。

■「連合王国」崩壊の危機にあるイングランド

ただし、人口でイングランドの10分の1にも満たない約540万人のスコットランドでは、逆に残留派が離脱派を大きく上回っています(2016年の国民投票では残留派が62%、離脱派が38%)。残留派が多いスコットランドや北アイルランド、ウェールズの人たちはこれを機会にイングランドから分離独立する独立志向が強まっています。だから、今はまさに「連合王国」崩壊の危機でもあるわけです。

▲エジンバラ城から見下ろしたエジンバラの街並み 写真:PIXTA

イギリスが混乱し続けると、スコットランドの独立に向けた機運が再燃しかねません。独立の是非を問うた2014年9月の住民投票では反対多数となりましたが、英国のEU離脱に伴う混乱に加え、行動制限や屋内でのマスク着用の義務化を早々に導入し、ロックダウン(都市封鎖)を緩やかに解除するなど、新型コロナの流行を抑制するスコットランド自治政府の対策を住民が評価しています。

このため自治政府のニコラ・スタージョン首相は、再度住民投票を実施する方針を打ち出し、独立への支持が広がっています。

英調査会社イプソス・モーリ社が2020年10月14日、スコットランド住民を対象に実施した世論調査の結果、独立賛成が55%と、反対の39%を大きく上回りました(「わからない」は6%)。コロナ感染が拡大した2020年春以降、独立賛成が支持を伸ばしています。

独立派のスコットランド国民党(SNP)の支持率も、軒並み50%を上回っていて、2021年5月に任期満了を迎えるスコットランド議会選挙では過半数が見込まれます〔編集部注:選挙の結果、SNPだけでは過半数に届かなかったが、スコットランド独立を支持する政党が過半数を確保した〕。イプソス・モーリ社の世論調査では、SNPが過半数を取った場合、「住民投票を実施するべきか」と質問に対して、64%が「必ず」または「恐らく」するべきだと回答しています。

ただし、独立の是非を問う住民投票の実施にはイギリス政府の許可が必要です。ジョンソン元首相は、住民投票の再実施を容認しない考えを崩していませんでした。

スコットランドは、中世前期に建国されたときから独立国家で、1707年にイングランドと連合王国となる前まではフランスや大陸欧州との関係が強い。だから、この機会に「欧州国家」として主権国家に戻ろうと独立機運が高まっています。独立すれば、300年超の歴史を持つ「連合王国」は存続できなくなる。「国家分裂」のリスクをはらんでいます。

▲エジンバラのヴィンテージストリート 写真:PIXTA

ブレグジットに伴う分断を引きずると、連合王国の崩壊にも発展しかねません。これからアメリカで起ころうとしていることも、おそらく同じようなものではないでしょうか。アメリカの場合はマイノリティが複雑化・多様化しているぶん、もっと先鋭的になるんじゃないかなと思います。

■世界の行き来が自由になることの恐ろしさ

馬渕 そういうエニウェアを、1人でも多く生み出そうとしているのが、まさにアメリカ民主党のやっているアイデンティティポリティクスやポリコレ(ポリティカルコレクトネス)なんですよ。ようするにグローバリズムなんですね。

垣根をなくして伝統的な共同体を潰せば、みんなどこで住んでも同じだとなる。だから、歴史を否定したり、隠蔽したりして、共同体的な“紐帯”、すなわち結びつきを弱めてきたわけです。秩序を批判して、共同体の紐帯をどんどんなくしていく。そうすると、みんなエニウェア、つまり「どこでも住める人間」になります。

「どこでも住める」とだけ聞くと、プラスのことのように感じる人がいるかもしれませんが、実際のところ、それは宙に浮いたような、地につかない生活になるわけですね。

地に足がつかない彼らエニウェアの人たちの共通項は何かというと、“マネー”しかないわけです。文化はその土地の共同体との関わりのなかで生まれてくるものだから、グローバルな文化なんていうのは結局のところ空っぽで、何もないわけですよ。マネーと、あとはせいぜい若者が楽しんでいるような、世界各国共通のヘラヘラしたサブカルチャー的なものですが、あんな文化と呼べないものくらいしか残らない。

しかし、かえってそのほうが国民を支配しやすくなるというのが、裏で筋書きを書いている人たち、つまりグローバリスト(ディープステート)の考え方です。

だから、“愛国者”であるトランプさんは、それに反対してきたわけですよ。プーチン大統領にしてもそうです。

垣根がなくなって世界の行き来が自由になるということは、逆にいつでも戦争になるということですからね。そういう深刻な問題が今、世界中で起きているわけです。それはイギリスのような小さな領域の中でも起こっているし、もうちょっと大きなアメリカでも起こっているし、世界全体でも起こっている。そういう気がしますね。

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