ロシアウクライナ報道であまり耳にすることのない「ウサデン」って何?

宇宙(ウ)・サイバー(サ)・電磁波(デン)をまとめて「ウサデン」と略称する。2014年の電子戦によってロシアに負けたウクライナは、その後の8年間で電子戦能力を大きく高めて今回の対ロシア戦に臨み、戦果を上げてきた。防衛問題研究家の桜林美佐氏が、「ウサデン」と戦争について小野田治元空将に聞いてみました。

※本記事は、インターネット番組「チャンネルくらら」での鼎談を書籍化した『陸・海・空 究極のブリーフィング-宇露戦争、台湾、ウサデン、防衛費、安全保障の行方-』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

■これからの戦争を考えていくうえで重要なキーワード

桜林 宇宙(ウ)・サイバー(サ)・電磁波(デン)がまとめて「ウサデン」と略称され、防衛の新領域として注目されてきています。今回のウクライナ侵攻でも、この領域での動きが非常に重大な影響を及ぼしていると言われています。とはいえ、かなり古典的な戦いが展開されているような印象も受けるのですが、一方ではこういう新領域も動いていると見ていいんでしょうか?

小野田(空) 報道されていない部分がかなりあると思いますね。ウサデンについてはきちんと理解をする必要があり、そのためにもウクライナ侵攻をウサデンという視点で見るのは非常に重要で、意味のあることだと思っています。特に一般の方々は、宇宙やサイバー、それから電子戦などというものは、ほとんど目にすることがありませんから。

まず宇宙に関していうと、今回のウクライナ侵攻には非常に特徴的な部分がありました。2022年に入ってから、ロシアがベラルーシを含む国境沿いに非常に大規模な戦力を集積し、2月20日にはベラルーシとの合同軍事演習が終わったのに撤収しないという状況がありました。

そうした状況の証拠として、皆さんが「確かにその通りだ」と確認したのは、衛星写真でしたよね。ニュースなどで目にする衛星写真は、米軍の衛星が撮ったものではなく、アメリカの民間会社のものです。有名なところではマクサー・テクノロジーズという会社があります。この会社の衛星写真は、右上隅あたりに「MAXAR」というロゴがついていますからすぐにわかります。かなり精度が高い衛星写真です。

重要なのは、軍事行動がもう普通に宇宙から監視されているということです。これはもちろん民間が勝手にやっているのではなく、政府の依頼を受けたアメリカの衛星会社がウクライナに衛星写真を提供していたわけです。それによってウクライナは、どの程度の規模の軍隊、どの種類の軍隊がどこに集結しているかを侵攻前に知っていました。

この宇宙の「目」は、これからの戦争を考えていくうえで非常に重要です。ロシアの立場に立って考えると、見られてしまう状況を防止するためには衛星を攻撃するしかないのか、という話になります。「目」を潰すということですね。しかし、さすがに宇宙を戦場にしてしまうと、それこそ第三次世界大戦になるかもしれません。

では、ロシアはいったい何をするのかと言えば「宇宙から得られる情報を少しでも弱体化させる」という方法です。宇宙と地上のアセット、つまり情報資産は必ず電波でつながっています。だから、その電波を妨害する。衛星通信を妨害するわけです。

それから、宇宙からくるGPS信号を妨害する。GPS信号を妨害すると、たとえばGPS誘導のミサイルは正確に目標に当たらなくなります。そういった方法をロシアは実際、いろいろと使っているのです。

■話題になったイーロン・マスクのサポート

報道されていて皆さんもよくご存じの話だと、2月24日、ロシアが侵攻する直前に、バイアサットというアメリカの会社の通信衛星ネットワークがサイバー攻撃を受けて、ウクライナだけでなく周辺諸国も衛星通信が不通になった、という事件がありました。

ネット回線に関することで言えば、物理的な破壊によってウクライナ国内の回線が壊滅状態に陥ったとき、米実業家のイーロン・マスクがすぐさまスターリンク〔地球低軌道上の人工衛星を用いてインターネット接続を提供する、スペースX社のブロードバンドサービス〕をウクライナに提供しました。

ウクライナのフョードロフ副大統領がTwitterでイーロン・マスクに支援を訴え、イーロン・マスクがTwitterで「提供する」と即答したのが、侵攻開始の2日後、2月26日のことでした。直ちにトラック1台分のスターリンクの地上端末がウクライナに運び込まれたと言われています。

▲スターリンク 60基の衛星の打ち上げ(母機分離前) 写真:Official SpaceX Photos / Wikimedia Commons

以降、ウクライナはスターリンクの通信システムを安定的に使えるようになったのですが、その直後、3月4日には、イーロン・マスクがTwitterで、端末は注意して使うように呼びかけています。ロシアは衛星に関して豊富な経験を持っているので、攻撃を仕掛けてくる可能性が高いということです。

実際、注意喚起した翌日の3月5日に、イーロン・マスクは「スターリンク端末の一部が電波妨害を数時間受けていたが、最新のソフトウェア更新で電波妨害は回避した」というTweetをしています。

それから、ウクライナ・コンピューター緊急対応チーム(CERT-UA)によれば、ロシアのサイバー攻撃は侵攻前から複数のインフラストラクチャーに対して行われていましたが、なかでも4月8日に起動して、高圧変電所の切り離し攻撃を実行するようセットされていた、マルウェア〔悪意のあるコードやソフトウェア〕の無効化に成功したという事象がありました。

このときにはスロバキアのESETというセキュリティ企業と、アメリカのマイクロソフトの技術者が協力しました。この一件は、サイバー界ではかなり大きなニュースになりました。

▲イーロン・マスク 写真:U.S. Air Force photo by Trevor cokley / Wikimedia Commons

■ロシアの電子戦にやられた2014年のウクライナ

小野田(空) サイバー防衛というのは、今はマルウェアに侵入されないように防護するという考えではないんです。政府レベルのシステムも、一般的に使われている携帯電話も、マルウェアが侵入してくるということはもはや防げません。被害を局限する、あるいは可能な限り被害を早く復旧するという方向に、サイバー防衛はシフトしています。これを「ゼロトラスト」と言います。

ようするに「完全には防げないということを前提に物事を考えていく」ということで、これが今の世界の潮流になっています。日本はその取り組みが遅れているなどと巷(ちまた)では言われています。防衛省は2022年度予算で、ウサデンの3分野に関連する自衛隊各部隊の増強に着手しています。

ウサデンの3つめの「電磁波」は、具体的には電子戦、EW(Electronic Warfare)のことです。EWは3つの区分に分かれています。電子的な攻撃を意味するEA(Electronic Attack)、電子的な攻撃を防護するEP(Electronic Protection)、どういう電波が使われているかという情報を収集するES(Electronic Support)の3つです。

ロシアは特に、この電子戦の分野で非常に手強い能力を持っていると言われています。米軍の専門家に聞いても、一般論ではそのように言うのですが、実はウクライナ侵攻に際しては、ロシアがあまり電子戦の能力を活用した形跡が見られないと指摘されています。

2014年ドンバス地域の攻防では、ロシアがいわゆる親ロシアの勢力を支援したわけですが、ロシア軍がものすごい量の電子戦の機材を戦線に供給しました。そのためにウクライナ軍はかなり指揮統制を乱して、厳しい戦いになったわけです。2014年は、電子戦によって指揮統制が乱れたウクライナが負けたという部分があります。

そうした苦い経験があり、ウクライナはその後の8年間で米軍の協力を得て、電子戦能力を大きく高めました。

ウクライナ軍の参謀本部がつくった、ロシア軍EW部隊の構成というものがあります。これを見ると、一個軍団に所属する中隊レベルの専門部隊が持っている装備が示されていて、2014年のドンバス地域で、親ロシア勢力が運用した機材がわかります。

専門部隊は、4種類の小隊に分かれています。指揮統制をするC2、VHF周波数帯を妨害する小隊、UHF周波数帯を妨害する小隊、その他の周波数帯を妨害する小隊です。

それぞれいろいろな機材を使っているわけですが、妨害の対象はVHF帯とUHF帯、それからもう一つ非常に重要なのはGSM(Global System for Mobile Communications)、つまり携帯電話の周波数帯です。ヨーロッパで用いられていた、いわゆる2Gから3Gにかけての技術ですね。これを妨害する能力に加え、衛星通信を妨害する能力、GPS信号を妨害する能力も持っていてフルスペクトラム、全範囲的です。

ロシア軍EWには電子攻撃の優先度があります。その第一がウクライナ軍のUAV(Unmanned Aerial Vehicle)、つまりドローンの行動を抑制することです。

コントロール信号を妨害してUAVが飛べなくなるようにします。UAVには自立して飛ぶものもあるんですが、自立して飛んでいたとしても、たとえばカメラの情報などはすべて電波で送られますから、それを妨害する。これが第一優先です。

第二優先は、通信に対する妨害です。VHF帯、UHF帯、携帯電話を妨害する。第三優先は、自分たちの持っている電子戦のシステムと物理的な攻撃兵器を組み合わせて、実際に物理的な打撃を加えるということです。第四優先は、敵の情報漏れを探知して火力を集中する。この4つの優先度のもとで2014年のウクライナはひどい目に遭ったんですね。

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