もう中国を止められない!? AI開発競争で利用されていたアメリカ

もはやアメリカが中国のAI産業への投資を規制しても、中国の技術開発の進歩を完全に抑えることは不可能——そのような調査報告がアメリカで出されるほど事態は切迫している。しかし、アメリカの投資家やファンドは、これまで中国のAI開発に積極的に資金を投入してきた。日本随一の中国ウォッチャーとして知られる評論家・宮崎正弘氏が、アメリカの対中政策の矛盾を鋭く指摘する。

※本記事は、宮崎正弘:著『ステルス・ドラゴンの正体 - 習近平、世界制覇の野望』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

■孫子兵法にモラルはないのか?

孫子の兵法を重んじる中国は、敵を欺(あざむ)くことを最も得意とする。

そもそも政治や外交は国益優先の打算で成り立つのであり、モラルが優先する外交は失敗しがちである。最もあざとく中国にだまされたのは米国と日本だ。西欧諸国もうっかりとパンダに欺かれ臍(ほぞ)を噛む仕儀となった。

米国ファンドが過去数年間、中国AI産業に多額の投資を行ってきたことが判明した。ジョージタウン大学のCSET(サイバースペース安全保障・新興技術局)が2023年2月に発表した調査報告によると、2015年から6年間でインテル、クアルコムなど167の米国企業、ファンドならびに投資家が合計401件の中国企業のAIビジネス取引に関与し、投資総額は402億ドルに達していたのだ。

対象となった中国のAI(人工知能)企業は270社を超え、同期間の中国の人工知能企業の総資金調達の37%を占めた。

まさにウラジミール・レーニンが言ったように「奴らは自分の首を絞めるロープも売る」。

▲ウラジミール・レーニン 写真:Wikimedia Commons

AI開発競争が進み「バラ色の未来」が約束されているとメディアは書き立てた。創造性を富ませ、生産性を向上させ、生活は豊かになると喧伝(けんでん)された。ただしリスクも大きい。安全性と有用性に対しての企業責任も問われる。

2023年2月23日、EUは公用のネット端末などで中国の短編動画投稿アプリ「TikTok」の使用を禁止する方針を打ち出した。禁止理由は「サイバー・セキュリティーの強化」である。

すでに米国は2022年12月に成立した「2023会計年度予算」で、政府関係の端末から一切の使用を禁止する規定が盛り込まれた。『フォーブス』誌は「運営会社が中国の拠点から記者を監視している」と報道した。調査の結果、IPアドレスから発着地域を割り出し、『フォーブス』と英紙『フィナンシャル・タイムズ』の記者が監視されていたことが判明した。

2023年3月23日に米議会公聴会は、TikTokのCEOの周受資を召喚し5時間も吊し上げた。米国ではノースダコタ・アイオワ・アラバマ・ユタなど10州で、州政府が購入した端末にダウンロードするのを禁止した。日本は野放し状態のままである。

■すぐに「チャットGPT」を禁止した中国

CSET報告書は、米国投資家の中国AI開発投資の91%はベンチャー・キャピタルであるとした。

習近平・共産党総書記兼国家主席は2018年に「AI開発を加速することは、中国が世界的な技術競争におけるイニシアチブを樹立するための重要な戦略的出発点である」と主張し、「2030年までに世界のAI開発センターになる」と獅子吼(ししく:雄弁をふるうこと)した。そのためにGDPの3%を研究開発費に充てた。

▲習近平 写真:Palácio do Planalto / Wikimedia Commons

中国のAIならびに関連技術開発に投じる予算は1兆3800億ドルを超えている。すでに中国には1600社を超えるAI企業が生まれており、このうち1239の中国AI企業が36カ国で1100億ドルの資金を調達した。筆頭が米国ファンドの402億ドルだった。

一方、中国科学技術省は「チャットGPT」のような技術の重要性を認識しているとし、「社会と経済へAI統合を推進する。多くの産業分野に適用される可能性が高い」と位置づけている。「倫理的な観点からチャットGPTのような技術を制限するべきではなく効果的に開発できる」。

しかし、中国はチャットGPTを禁止しており一般ユーザーには使わせない。そこでバイドゥ(百度)は、「中国版チャットGPT」を立ち上げるとCEOの李彦宏は語り、仮称「エミエボルト」を開発すると宣言した。

■無意識に利用されていた投資家とファンド

バイデン政権は2019年、商務省に命じてブラックリストである「エンティティ・リスト」を作成し、中国のビッグ・テックへの技術輸出を禁止してきた。

2023年3月からはファーウェイは全面禁止である。

アラン・エステベズ商務次官が下院外交委員会の公聴会で証言した。従来、水準の低い汎用半導体はインテルとクアルコムがスマートフォン向けにファーウェイに供給し、逐一、輸出許可申請を審査してきたが、これを“すべて”取り消す方針という。技術封鎖である。

「ワシントン・エギザミナー」(2023年2月28日)によると、ホワイトハウスは「4G販売を中止する。スパイ活動を支援した」という理由で、連邦通信委員会は国家安全保障上の懸念から2022年11月にファーウェイ製の通信機器の販売と輸入を禁止していた。

しかし、ある専門家は次の指摘をしている。

「米国の投資家やファンドは、これらの企業や環境で無意識のうちに中国政府と交わった可能性がある。さらに中国政府とビジネスおよび民間部門との複雑な関係を考えると、これらのAI企業が新技術に対応する可能性が高くなる。投資家が最も関心を持っている市場のニーズに対応するより、中国政府の政策の優先事項や圧力に西側は的確に対応する必要がある」(『博訊新聞網』2023年2月6日)

クリストファー・レイFBI長官は、スイスで開催されたダボス会議で「中国のAIプログラムの進展を深く懸念している」と述べた(2023年1月)。

▲クリストファー・レイ 写真:Wikimedia Commons

前述のCSET報告書は、バイデン政権がいかに中国のAI産業への投資を規制しても、中国の技術開発の進歩を完全に抑えることは不可能であり、同盟国との強調、支援が必要としている。

米国の対中政策の矛盾は甚だしく、2月7日に商務省が発表した数字は驚異的だった。

2022年度の米中貿易は、史上空前の6905億ドルだった。その内訳は、米国が中国から輸入したオモチャ・ゲーム・軽工業品などが5367億ドル。米国が中国へ輸出した大豆や穀物などが1538億ドル。米国の対中貿易赤字は3829億ドル!(ちなみに、ジャパンバッシングと騒がれた当時の日本との貿易赤字は、最大で800億ドルと「かわいい数字」だった)。

つまり、米国は対中技術封鎖を遂行する一方で、米中貿易は増やしているのだ。ところが誰もこの矛盾を一向に気にしていないのである。

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