瀬戸際の習近平政権は「美しい敗北」を選択できるのか?

ソ連崩壊の一因とされるのが、1986年のチェルノブイリ原発事故という公共衛生大事件でした。ソ連共産党のようにメディア統制や言論統制を解除することで、新しい中国として生まれ変わることができるのか? 習近平政権が進むべき道を、福島香織氏が期待をこめて提言する。

※本記事は、福島香織:著『新型コロナ、香港、台湾、世界は習近平を許さない』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです

■習近平政権に本当に必要なのは「情報公開」

新型コロナウイルスの猛威に対し、習近平政権は情報隠蔽と現場を理解しない誤った政策によって、感染を全国に広げ、世界にパンデミックを引き起こしてしまいました。そのことを反省することなく、責任追及を逃れるために、さらなる隠蔽と言論弾圧と大プロパガンダを展開しています。

▲習近平 出典:ウィキメディア・コモンズ

国際社会では、ウイルスが米軍によって持ち込まれた可能性を外交部報道官が発言するなど、常軌を逸した責任転換を行おうとしています。もちろん国際社会の大半の国々は、今回のパンデミックの原因が中国の情報隠蔽にあることを知っています。

しかし中国は、感染症に疲弊した各国に対して「ウイルスとの戦いに勝利した英雄国家」として医療支援を申し出て“世界の救世主”を演じてみせるので、助けてもらった国は中国の責任追及がしにくくなります。そういう弱みにつけ込んで国際世論を誘導することで、中国は米国との価値観戦争を勝ち抜こうとしているわけです。

ですが、中国国内では人民や地方官僚、そしてメディアが習近平政権への不満を抑えきれなくなってきています。国際社会はなんとなく丸め込めても、中国人民の不満はもっと切実です。

中国の経済成長が順調で、中国共産党に黙って付いていけば、豊かな生活ができると思えていた時代ならば、政権のプロパガンダにずっと付き合って、政治的な安全のためにおとなしく騙されたふりをしていたことでしょう。

しかし今や人民は、感染症による命の危険と、生活の不安と、経済破綻のリスクを突き付けられています。政治的な身の安全をかなぐり捨てても、声を上げたい気持ちになってきているのではないでしょうか。

たとえ極権政治によって、感染症が無事に鎮静化しても、次に来る経済クラッシュ、食料や生活物資の高騰が人民を苦しめます。また、同じような、あるいは新たな感染症が、この中国では繰り返し発生するのです。

こうしたリスクから人民を救えるのは、正能量報道でも大プロパガンダでも世論誘導でもありません。情報統制の解除・言論の自由・メディアの自由なのです。

旧ソ連が、未曾有の公共衛生大災害・チェルノブイリ原発事故を起こした時、グラスノスチ(情報公開)に踏み切りました。それは、グラスノスチしかロシアの人々をリスクと苦しみから救う方法がなかったからです。

▲ペレストロイカとグラスノスチを宣伝する旧ソ連の切手(1988年発行)。右側には「民主的なグラスノスチを加速しよう」と書かれている 出典:ウィキメディア・コモンズ

専制国家の末期に、体制が解体される3つのきっかけが「経済の崩壊」「軍事的統治の失敗」そして「公共衛生に関わる大事件」だという見方を、在米華人民主化活動家の王軍涛が『ボイス・オブ・アメリカ』で指摘していましたが、なるほどと思いました。

■新型コロナウイルスは中国の「チェルノブイリ」

ソ連崩壊の一因とされるのが、1986年のチェルノブイリ原発事故という公共衛生大事件でした。公共衛生大事件が引き起こすパニックを鎮めるには「正しい情報」が不可欠でした。ソ連共産党のゴルバチョフ書記長は、グラスノスチによってメディア統制、言論統制を解除することでパニックを鎮めようとしました。

▲チェルノブイリ原子力発電所発電施設(2007年) 出典:ウィキメディア・コモンズ

社会主義専制国家の平均寿命が70年とすると、旧ソ連のチェルノブイリと、中国にとっての新型コロナウイルスは、ほぼ同じ歴史的役目を果たすことになるかもしれません。

つまり、経済低迷と政治システムの機能不全という慢性病に罹っている老人国家が、罹患する最後の病、あるいは発作。それは体制の死に至るものかもしれません。

もし習近平が多少なりとも賢明さを残しているとすれば、ゴルバチョフと同じようにグラスノスチに踏み切るでしょう。

人々が疑心暗鬼に陥り、社会がパニックになり、経済が瀕死になった状況を立て直すには、正しい情報を共有し、間違った政策には間違っているという声を現場が上げ、メディアがその声を正しく広く世間に伝えるということが必要なのです。

▲グラスノスチを推進したミハイル・ゴルバチョフ(ソ連最後の最高指導者) 出典:ウィキメディア・コモンズ

そのことに中国人自身は気づいており、だから良心的知識人は李文亮の命日を「言論自由日」に制定せよ、と訴えるのです。

おそらく気づいていないのは、習近平とその周辺の役人ぐらいではないでしょうか。もしこのまま、そのことに気づかず、情報統制の強化と、異見者の弾圧とを続け、人民を最大の仮想敵として共産党政権を運営していくのだとすれば、近いうちに中国の国内は乱れることになるかもしれません。

もっともグラスノスチに踏み切れば、習近平が望むような極権体制の維持は難しくなり、旧ソ連のように共産党一党独裁体制が終焉する、というシナリオになることでしょう。

どちらを選択しても、習近平政権にとって「敗北」という厳しい結果です。しかし、中国で暮らす普通の人々にとっては、グラスノスチによる体制変革の方が、より混乱期が短く済み、国際社会とも連携して積極的な支援に取り組みやすくなるのではないでしょうか。

■生まれ変わる「中国」に期待したい

敗北には、美しい敗北とそうでない敗北があります。

「美しい敗北」とは、大局的により良い結果を求めて、あえて選ぶ敗北です。チャイナウォッチャーであり習近平ウォッチャーとしては、習近平総書記殿には「美しい敗北」を選んで、中国共産党史の最後の1ページに、その名を刻んでいただきたいと思うわけです。

▲習近平と李克強 出典:ウィキメディア・コモンズ

中国が法治国家の一員として、私たちが信じる普遍的価値観を共有できる国になれば、香港は一国二制度がなくても、自由と民主と法治を維持することができ、国際金融都市の地位を失わずに済みますし、中台は統一できるかもしれません。日本と中国の間にも、同盟関係だって結べるかもしれません。

このパンデミックが鎮静化したとしても、そのあとで、非対称形の“世界大戦”時期がしばらく続くでしょう。

そして、その時期を経て次に現れる新たな国際社会の枠組みのなかでは、中国が私たちと共通の民主と自由と法治を重んじ、人権・人道を重視する国家として生まれ変わって、大国としての責任を果たせるようになっていることが、私の希望するシナリオなのです。

〈福島 香織〉

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