カルロス・ゴーン事件にみえる日本と世界のギャップ

衝撃的なスキャンダルで話題となった“カルロス・ゴーン氏の汚職事件”。同じニュースでも国内と海外では全く異なる扱いをされている。フランスでは風刺画にもなったが、そこに隠された重要なことを正確に捉え、日本と世界の「社会状況」の違いを認識するヒントを谷本真由美氏が教えてくれました。

※本記事は、谷本真由美:著『世界のニュースを日本人は何も知らない』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

■ゴーン氏の汚職事件から見る日本とロシアの温度差

日本では日産のカルロス・ゴーン元会長のスキャンダルに開いた口が塞がらないという人が多いですが、ほかの国の感覚からするとまだまだ甘いと言っていいでしょう。

たとえば汚職が蔓延しているロシアでは、企業経営者や政府関係者に比べるとずいぶん甘い汚職だ、という意見が飛び交っています。皮肉も含まれているわけですが、ロシアや旧共産圏、新興国にとって汚職やコネ主義は何もめずらしいことではありません。世界には企業や政府のガバナンスが存在しないような国のほうが多いのです。

以下は、ロシアのニュースサイトにおけるゴーン氏のスキャンダルへのコメントです。

―― 900万ドルだって? うちの官僚のほうがもっと多いよ。

―― ロシアの市民権が必要だな。ロシアなら日本の捜査官は来られない。

―― モルドバで登録する必要があるね。

―― ロシアじゃすべてのビッグビジネスはこんな感じだよ。

―― イーゴリ・セーチンが何人いるんだよ。自動車会社と石油採掘のちがいは? おれのなかでは大きくちがうけどね。

―― セーチンは公開されているだけでも410万ドルだろ。(ゴーンの)半分以下だよ。で、本当のところいくらなのかは、セーチンもゴーンもわからないけどね。

▲ロシア人からするとゴーン氏の汚職は甘いらしい… イメージ:PIXTA

イーゴリ・セーチン氏というのは、第二次ウラジーミル・プーチン内閣でロシアの副首相を務めた人物です。プーチン大統領がサンクトペテルブルク市の第一副市長だったころから、個人秘書として働いていました。

旧ソ連時代の石油会社を母体とする、ロシア最大の石油企業ロスネフチ社の会長でもあり、プーチンに次ぐロシアの有力者として知られています。そんなセーチン氏の汚職疑惑が話題になっており、明確な金額は不明ですがゴーン氏よりも、はるかに巨額なのは間違いないでしょう。

ロシアやウクライナでは、国家をあげた汚職が当たり前になっており、国民も半ばあきらめ気味です。ウクライナの元大統領であるヴィクトル・ヤヌコーヴィチ氏は、政府から75億ドル(1ドル120円として約9000億円)を横領したとされています。あまりの規模の大きさに、ゴーン氏など小物にしか見えません。

■ゴーン氏をVIP待遇で勾留しなかった日本の清廉性

規模の大きな汚職例をあげていたらキリがないのですが、ロシア以外に顕著なのがアフリカや南米です。たとえば赤道ギニアの大統領の息子テオドロ・ンゲマ・オビアン氏は、2億2500万ドル(約270億円)を横領していた疑いがかけられています。

ギニアは人口の75%が超貧困層という非常に貧しい国ですが、オビアン氏はパリに豪邸を所有し超高級車を乗り回していたことで知られており、人権団体から汚職に対する裁判を起こされています。こういった例はアフリカでは氷山の一角です。

新興国でこのような汚職が発生しやすいのは、日本や北米、欧州北部と比べて企業や政府のガバナンスが弱いこと、法治国家としての仕組みがしっかりしていないこと、といった背景があります。誰かが汚職をすれば、しっかりした仕組みをつくって阻止しようとするのではなく、じゃあ次は自分も! とそれに続く人が出てくる有様です。

超有名人であるゴーン氏が、その他大勢の容疑者とまったく同じ形で勾留され、同じ食事を提供され、同じ服を着たというのは世界的にめずらしいことです。

日本の司法や警察は汚職に染まっていないので、有名人であっても超富裕層であっても、一般人と同じように扱うことができるということを証明したようなものです。一般人扱いしても、警官や裁判官が暗殺されたりしないのです。これがフランスであれば、ゴーン氏はVIP待遇で勾留されていたことでしょう。

■このスキャンダルがフランスで風刺画にされた意味

ゴーン氏のスキャンダルに関しては、日本と海外における報道姿勢のちがいも気になるところでした。アメリカやイギリスでは、あくまで企業トップの不適切な会計処理や、高額報酬として淡々と報道されたのですが、目立ったのはフランスにおける報道です。なんとフランスでは、この問題が風刺漫画などで扱われたのです。

日本人は、第二次世界大戦中の連合軍によるプロパガンダのチラシそっくりな「出っ歯で、メガネをかけ、細い目をした卑しい人種」として描かれています。尋問されるゴーン氏はレバノン人ですが、アラブ系の見た目を強調した描写です。

この漫画家は、古臭い絵を描くことで有名なようですが、このような風刺漫画がフランスのメディアに登場することの意味を、日本人にはよく考えてほしいと思います。

出っ歯やメガネを強調した漫画というのは、黒人の肌が黒いことやユダヤ人の鼻が大きいことを強調して、笑いものにするのとまったく変わりがありません。いまや欧州や北米では、黒人やユダヤ人、アラブ人の特徴を笑いものにするのは、許されることではないという認識が広まっています。

差別的な表現を「エスプリだ」「表現の自由だ」というフランスであっても、ユダヤ人や黒人に関してはあまり笑いのネタにしません。

もちろん、自分たち白人フランス人の見た目や食べ物に関しても同様です。

フランスの書店には日本の文学作品が大量に並び、日本の映画や芸術はたいへん尊敬されています。日本のアニメを愛好するフランス人も多く、フランスのアマゾンを見ても日本のアニメや映画のDVDがよく売れているのがわかります。

このように、欧州でおそらく一番の親日国であり、日本のコンテンツや食、芸術などを愛するフランス人が、なぜこのような風刺をメディアに出してしまうのでしょうか。

それはフランス人が日本の文化を愛する一方で、日本の司法制度や社会自体がまるで中世のように時代錯誤で、自分たちより遅れているとの認識を強く持っているからです。

■欧州人にとって東アジアは「遅れた人々」の国

しかしながら、フランスのトイレはおそらく欧州でもっとも不潔で、日本では考えられないような危険な地域が存在します。インフラはボロボロ、仕事は予定どおりには進まず、ストだらけで電車やバスのスケジュールはめちゃくちゃです。

階級差も、若者が仕事を得るのも、日本よりはるかに大変です。日本のほうが何倍も住みやすいにもかかわらず、それを知らないフランス人は、日本人を上から目線で断罪します。

▲日本の文化を愛する一方、社会が遅れていると認識するフランス イメージ:PIXTA

ゴーン氏はレバノン人ですが、ブラジルで生まれフランスの教育を受けたエリートです。フランスでは自国のエリートとして認識され、つぶれかけていた極東の大企業である日産を救ったヒーローとして、とらえられていました。

しかしこのような事件が起きてしまい、フランス的なエリートである人が、極東の「遅れた人々」にひどい目にあわされている、という構図に注目するフランス人もいるのです。

それに、日本人をコケにしても反撃されることはない、と彼らはわかっています。日本人はたいへん人がよく、おとなしいゆえにバカにされても反撃するという文化がありません。批判されたり馬鹿にされたりしても、ぐっと我慢してやり過ごすのが日本的なやり方です。ただし、それが積み重なるとあるとき大爆発するのです。

ところが中国ではそうはいきません。イタリアのファッションブランドD&Gによる、若い女性が箸を使ってピザやパスタを食べる姿を、おもしろおかしく描いた宣伝動画が、多くの中国人の怒りを買ってしまいました。

その結果、同社の中国でのファッションショーはキャンセルされ、Mコマースのサイトから商品が取り下げられる、という事態にまで発展してしまったのです。

欧州的感覚では、まったくバカにしている意味はなく、ただ単におもしろおかしくつくったつもりだったのでしょうが、箸で巨大なピザやスイーツを食べようとする女性は、ちょっと頭が悪そうな感じで、印象の良いものではありませんでした。中国側からするとバカにされていると感じても仕方がないでしょう。

それくらいのことで怒ってどうする、と思う人もいるかもしれませんが、西洋人が「東洋人は頭が悪く、西洋のものをうまく消費できない未開の人々」という潜在的意識を持っていることは、日本人もよく理解しておいたほうがよろしいでしょう。

フランス人だけではなく、イタリア人やほかの欧州人にとっても、まだまだ東アジアというのは自分たちより劣る存在であり、見下して当たり前であるという意識があるのは事実です。

それは、認知機能が衰えはじめた老人たちの介護をしたり、酒に酔った現地人と接触したりするとよくわかります。理性のコントロールが落ちると、東洋人への悪口や罵倒が始まるからです。

私は、酒に酔ったイタリア人やイギリス人に、道で何回か罵声を浴びせられたことがあります。さらには、ちょっと認知症が入っているお年寄りからは、東洋人は順番を守らないとか、日本人の戦時中の行いがひどかった云々で悪態をつかれることもあります。普段は理性で抑えていても本音が出るとこんな調子です。

このような現実というのを、実際に欧州に住んで現地の人とビジネスや学業で深く関わると非常に感じるのですが、日本国内だけに留まり「日本スゲー」というコンテンツを延々と消費して誇らしげな気分になっている人々には、なかなか伝わらないものがあるでしょう。

あのばかげた風刺漫画に対して、日本の保守派の人々がまったく何の反応も示さないのは大変驚くべきことですが、欧州や北米の人々の前では普段の元気がなくなってしまうのでしょうか。

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