中国経済の危機が背景にあった! 日本人が誤解している香港問題

中国経済とドルとの関係で非常に重要なキーワードになるのが、コロナショック以前から何かと話題の「香港」です。香港では2019年3月以来、若者を中心とした民主化要求デモが盛んに行われてきました。日本人の多くは香港問題を政治の問題だと思っているかもしれませんが、経済一筋50年のベテラン記者・田村秀男氏によると背景にあるのは中国経済の問題だと言います。

■?中国にドルを与えるな!技術を盗ませるな!

これまで中国は、対米貿易黒字でドル(外貨)さえ稼いでいれば、それを元手に人民元を発行して経済を成長させることができました。成長著しい中国市場には海外からの投資でさらにおカネが集まります。

“儲かる”中国市場に進出したい外国企業に対し、共産党政権はマーケットへの参入条件として特許や技術、ノウハウを半強制的に提供させるなど、やりたい放題好き勝手にやってきました。それに“NO”を突きつけたのがトランプ政権です。

▲ドナルド・トランプ米大統領 出典:ウィキメディア・コモンズ

トランプ政権の対中強硬策の基本路線は、これ以上アメリカの貿易赤字で中国にドルを稼がせない(貿易収支の是正)、先進国の技術や特許を盗ませない(知的財産権の保護)、というスタンスで一貫しています。

トランプ政権の対中強硬策の結果、中国はアメリカ以外の国も含めた対外貿易の黒字額をどんどん減らしていきました。対外貿易の収支のほか、サービスや投資、対外援助などの収支も含めた経常収支も、その黒字額を大きく減らしています。

▲グラフ:中国の経常収支と米国の対中貿易赤字(億ドル)

アメリカがこのまま対中強硬策を取り続ければ、近い将来、中国は赤字国に転落します。赤字国になればそう簡単には人民元を刷れなくなり、経済・金融のさまざまな面で制約を受けることになります。

米中対立の激化で中国の先行きが暗くなれば、海外からの投資でドルを集めることも難しくなります。一方、中国内の富裕層は積極的に資本逃避を行い、自分たちのおカネをどんどん海外に逃がしていきます。

おカネが海外に逃げるということは、人民元が売られるわけですから、放っておけば人民元の価値が下がって暴落し、悪性インフレになる危険性があります。

そのような事態は、共産党政権としては絶対に避けなければなりません。となると、これまで蓄えてきた外貨準備を取り崩して、人民元を買い支える必要があります。つまり、手持ちのドルを売り、人民元を買うことで、人民元の暴落を防ぐということです。

人民元を買い支えるには、ドルが必要になります。しかし、肝心のドルは、貿易でも投資でも手に入りにくいうえに、資本逃避で海外に出ていく――この悪循環で中国の外貨準備はどんどん減っていくことになります。そうなると、最後の頼みは“借金”しかありません。

つまり、外国からおカネを借り入れて外貨準備の減少を補うということです。この悪循環は、現実の問題としてすでに中国で起きています。それをはっきりと示しているのが次のグラフです。

▲グラフ:中国の対外債務、外貨準備と人民元資金発行(兆ドル)

2014年には4兆ドルほどあった外貨準備は、その後どんどん減り続け〔当時、富裕層の資本逃避が急増しました〕、2017年には約3兆ドルまで低下しています。そして、2017年以降は外国からの借金を増やすことで外貨準備3兆ドルをなんとかキープし、その外貨準備をもとに人民元を発行しているという危うい状況が、このグラフから読み取れます。

中国の懐事情はコロナショックのずっと前から“火の車”だったのです。

■習近平にとって見逃せない香港からのドル流出

中国経済とドルとの関係で非常に重要なキーワードになるのが、コロナショック以前から何かと話題の「香港」です。香港では2019年3月以来、若者を中心とした民主化要求デモが盛んに行われてきました。そのため、日本人の多くは香港問題を政治の問題だと誤解しています。

しかし、香港をめぐる一連の騒動の背景にあるのは“経済”です。香港は1997年にイギリスから中国に返還される際、社会主義国家の中国に属しながらも資本主義の制度を維持する「一国二制度」が導入されました。これにより、軍事・外交を除いた自治権を持つ特別な地域になったわけです。この一国二制度は、香港返還後50年にわたって継続することが英中間で約束されました。

香港が今日のような経済的発展を遂げることができたのは、中国共産党政権による全体主義支配の及ばない自治権が一国二制度で保障され、資本主義に基づく自由で活発な経済活動が可能だったからです。

ところで、香港では「カレンシーボード」と呼ばれる、一種の固定相場制が採用されています。香港金融管理局が香港ドルの対米ドル・レートを固定し、英国系の香港上海銀行、スタンダードチャータード銀行と中国国有商業銀行のひとつである中国銀行の3行が、手持ちの米ドル資産に見合う香港ドルを発行しています。

ようするに、香港では香港ドルを米ドルにいつでも自由に交換できるというわけです。そのため、香港は中国と世界を結ぶ国際金融センターとして発展し、多くの外資系企業が進出してきました。海外から中国本土への対中直接投資や、中国本土から海外への対外直接投資の実に6割以上が香港経由で行われています。

中国は主に香港を通じて、経済成長に必要なドル(外貨)を調達してきました。しかし問題は、中国の外貨準備減少の大きな原因となっている資本逃避もまた、香港経由で行われているということです。

▲習近平にとって見逃せない香港からのドル流出 イメージ:PIXTA

特に習近平政権の時代になると、香港から海外への資本逃避が急増したため、習近平は香港への締め付けを強化していきました。その一環として打ち出されたのが、香港市民の猛反発を招いた悪名高き「逃亡犯条例改正案」と「香港国家安全維持法(国安法)」です。

逃亡犯条例改正案は、刑事事件の容疑者を香港から中国本土に引き渡すことを可能にする法案でしたが、香港の若者を中心に激しい反対運動が起こったため、2019年10月に撤回されました。

▲日本で香港問題のシンボルとなった周庭(アグネス・チョウ) 出典:ウィキメディア・コモンズ

香港国家安全維持法は、香港での反政府的な言動を取り締まるための法律です。2020年6月30日に成立しましたが、政府の解釈次第でどこの誰でも逮捕できるような内容のため、国際社会から厳しい批判を浴びています。

言ってしまえば、逃亡犯条例改正案も香港国家安全維持法も、香港の自由を守ってきた一国二制度を無力化するための法律です。その真の狙いは、香港を共産党政権の支配下に置くことで、中国の生命線であるドルの国外流出を防ぐことにあります。

中国の香港支配の動きを、全体主義の独裁政権による横暴だと解釈するのは当然ですが、経済の側面にも注目しなければなかなかその全体像は見えません。香港問題の背景には「ドル依存の中国経済の危機」があるのです。

■共産党幹部が不正で築いた富が香港経由で海外へ

香港と資本逃避の関係について、もう少し詳しく見ていきましょう。

これまで香港は、中国のドル(外貨)調達の拠点として、中国のめざましい経済成長を支えてきました。ところが、中国がいよいよ経済大国になると、今度は中国本土で富を築いた富裕層が自分たちの資産を、より安全な海外に移すという資本逃避の拠点にもなっていきます。

その富裕層の典型例が共産党の幹部とその一族です。彼らは香港にペーパーカンパニーをつくり、本土で不正に蓄財した資産をどんどん香港に移していきました。そして、カリブ海のケイマン諸島など「タックス・ヘイブン(租税回避地)」と呼ばれる税金の安い地域にもペーパーカンパニーをつくり、巨額のおカネを本土から香港、香港から海外へと移していったのです。

▲ケイマン諸島の首都ジョージタウン 出典:ウィキメディア・コモンズ

不正に貯めたおカネを国内に置いていては、いつ自分が党から処罰されて財産を没収されるかわかりません。こうして香港は、中国本土富裕層の資産の逃げ道になっていったわけです。

それでも、中国の経済成長が順調だった時期には、一度海外に流れたおカネも再び香港経由で本土に還流していました。不動産市場をはじめとして、中国本土に有望な投資先がたくさんあったからです。

しかし、中国本土への過剰投資や不動産市場の低迷により、中国経済の成長がかつてのような勢いを失うと、状況が一変。国内に流入するおカネの動きは鈍くなり、国外に流出するおカネの動きが激しくなっていきました。中国経済を発展に導いた香港が、今度は中国経済を崩壊に導く不安要素になっていったというわけです。

▲共産党幹部が不正で築いた富が香港経由で海外へ イメージ:PIXTA

次のグラフは、2013年から2020年にいたるまでの中国の資本逃避の額を追ったものです。

▲グラフ:中国からの資本流出と経常収支(億ドル・年)

2014年頃からの中国における資本逃避の勢いはすさまじく、その流れを加速させかねないのが、2018年に始まる米中貿易戦争です。資本逃避が増えていくと、外貨準備が減っていきます。そのため、習近平政権は資本の流出規制に躍起となっているのです。

続いて次のグラフは、前年比でどれだけ外貨準備と対外負債が増えたり減ったりしているか、ということを表しています。

▲グラフ:中国の外貨準備と対外負債の前年比増減(億ドル)

2017年以降は外貨準備が回復しているように見えますが、一方で対外負債が増えています。資本逃避で減った分の外貨を、外国からの借金を重ねることでカバーし、何とか約3兆ドルの外貨準備をキープしているというわけです。

こうした状況を踏まえ、習近平は一刻も早く香港を中国共産党の監視・統制下に置き、ドルの国外流出(資本逃避)を防がなければ、中国経済の未来はないと判断したのでしょう。

しかし中国共産党が、一国二制度を無視して香港支配を強行することは、国際金融センターとしての香港の“死”を意味します。事実上のドル本位制の中国にとって、香港が国際金融センターとしての機能を失うことは、まさに死活問題です。

だからこそ毛沢東以来、歴代の共産党指導者は一国二制度に基づく「自由な香港」を容認してきました。たとえ香港を支配下に置いてドル流出の穴をふさぐことができたとしても、ドル流入の玄関口まで閉ざしてしまっては意味がありません。

香港の“死”は、中国経済にとっても崩壊の引き金になりかねないのです。

※本記事は、田村秀男:著『景気回復こそが国守り 脱中国、消費税減税で日本再興』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

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