ロックダウンで4ヵ月間も足止め。コロンビアでの戸惑いと出会い

2020年の3月、夢だった世界一周の途中に立ち寄った南米コロンビアの首都ボゴタが、ロックダウンとなり帰国難民に。それから4ヵ月のあいだ、ホテル・シェアハウス・ゲストハウスに滞在した旅行者による現地レポート。

▲コロンビア 出典:PIXTA

■世界一周の途上で始まったコロナ禍

「中国で謎の肺炎が流行っているらしいよ。あんた海外に行って大丈夫なの?」母からの電話で初めてコロナの存在を知ったのは2020年1月中頃だった。私は当時、夢だった世界一周の旅に出発し、旅程の半分が過ぎたころ、お正月にあわせて日本に一時帰国していた。

よほどのことがない限り旅は続けるつもりだったし、謎の肺炎には全くといってよいほど警戒心を抱かなかった。予定通り日本を発ち、オーストラリアやニュージーランドの友人たちを訪ね、2月中旬に南米のボリビアに到着した。

▲2020年2月の新月の頃。まさに星降る夜だった

横浜に停泊していた豪華客船内で蔓延した新型コロナウイルス。そのニュースが大きく報道されていたころ、地球の裏側にいた私はボリビアの「ウユニ塩湖」の星空ツアーに参加していて、コロナはまだまだ対岸の火事と思っていた。

▲2020年3月17日。コロンビア第二の都市メデジンの国内線搭乗ゲート

3月中旬にコロンビア・ボゴタの空港に着いたとき、空港の雰囲気が一変していたことに初めて不安を感じた。マスクをする習慣がない南米で、ちらほらマスク姿の人たちを見かけるようになったのだ。空港スタッフの警備は強化され、マスクにフェイスシールドをした医療スタッフが待機、飛行機から降りた乗客に検温と問診をしていた。

「この1カ月どこにいたか? 熱や咳はないか? 宿泊先は? コロンビアの次の目的地は?」

無事に問診が終わり、空港を出られたことに安堵していたが、じつはこの時が、のちに実施されるロックダウン前に日本へ帰国するラストチャンスだったのだ。

ボゴタのホテルにチェックインしてからすぐの3月19日。「首都ボゴタは、まもなく4日間のロックダウンに入る」と、ドゥケ大統領が声明を発表。慌ててスーパーで食材を調達し、ホテルの冷蔵庫に詰めて食料は備えられたが、“ロックダウン”という状況が理解できず不安だった。

▲ホテルの冷蔵庫に食料を詰めた

コロンビアの状況が悪化するにつれ、パラグアイにある伝説の宿『民宿小林』でつながった旅仲間から南米情報が入り、日に日に深刻になってきていることを実感した。

「2週間、宿に隔離されて出られない。警察が宿に来た!(ウルグアイ)」
「ウユニの空港がシャットダウンした! もう帰国することにした!(ボリビア)」
「俺以外の日本人、全員リマに連れていかれた! マチュピチュ村で最後の日本人になった。(ぺルー)」

ちなみにペルーにいた彼は、そのまま7ヵ月間滞在し、日本人として2人目の「マチュピチュ観光大使」に任命されたラッキーボーイである。

私も日本への帰国を決意し飛行機を予約したが、荷物のパッキング中に1通のメールが届いた。そこには「3月22日のあなたの搭乗便は欠航になりました」と書かれており、急いで別の便を探したが、情報が錯綜しているなかで新たな予約を迷っているうちに帰国便は埋まり、最後の1席は片道60万円(!)のビジネスクラスのみとなった。

私はパソコンをベッドに放り投げ、つっぷして泣いた。旅人から「帰国難民」になった日だった。

■帰国難民となったコロンビアでの暮らし

2020年の3月〜7月までの4ヵ月間を暮らした首都ボゴタの様子をお伝えしたい。

コロンビア政府の対応は、大統領がほぼ毎日テレビに出演し、声明を発表していた。感染者数の推移や生活ルールの変更など、国民に落ち着いて行動するよう呼び掛けていた。

ただ、私のスペイン語力では半分も理解できず、在コロンビア日本大使館のメール連絡(政府の発表を和訳して送ってくれる)や、ボゴタ在住の日本人の友人からの情報で理解不足を補った。非常事態にニュースをすぐに理解できない状況はもどかしかった。

ボゴタに限っていうと、外出時のルールは数週間おきに変わり混乱した。最初は「家族のうち1度に買い物に行けるのは1人だけ」というものだった。次に「男性は奇数日、女性は複数日、トランスジェンダーは自任する性を適用し、買い物できる」というルールに変更された。

▲大家さんと行ったアジア食材店では、マヨネーズ・ごま油・ポン酢が人気だった

その後、コロンビアの「身分証(pico y cedula)」の末尾番号が、奇数か偶数かによって商業施設への入場制限がかかった。入店時に警備員がお客さんの身分証(外国人はパスポート)を確認し、検温とアルコール消毒が必須となった。

街を歩く人たちは全員マスクをし、フェイスシールドにゴム手袋というフル装備の人もおり、日本より感染防止の意識は高いように感じた。それにも関わらずコロンビアの感染者数はうなぎのぼりで、2021年1月現在のコロナ感染者数は187万人で世界第11位だ。なぜなのかはわからない。[出典: https://graphics.reuters.com/world-coronavirus-tracker-and-maps/ja/countries-and-territories/colombia/ ]

▲治安を気にしつつ楽しそうな人に声をかけた。仮装の理由は聞けずじまい…

帰国難民となった私は、約3ヵ月の間、3つ滞在先(ホテル・シェアハウス・ゲストハウス)で暮らした。物価は日本の1/4〜1/5なので、収入源のない長期滞在者には助かった。

ホテルのランクにもよるが、だいたいの生活費は月に5〜6万円で収まったし、食材の種類は日本や欧米と比べると多くはないが、不自由はしなかった。むしろ未知の野菜やフルーツを食べるのは、発見が多くて楽しかった。街ではUber Eats等の配達員の姿を頻繁に見かけるようになった。

ボゴタのローカル家族と住んだシェアハウスでは、郷土料理とスペイン語を習い、6月には誕生会まで開いてもらった。コロンビアの人たちはフレンドリーで優しい人が多い。

▲左から大家さんご夫婦、私、ルームメイト。この帽子は、これ以降かぶっていない…

▲ジョランダからは、エンパナーダという揚げ物料理を習った

▲マリアッチが唯一の娯楽。演奏に聴き入り、みんな喜んでチップを払っていた

いくつかのきっかけがあり、7月にメキシコ政府の人道支援便で帰国することになった(通常の国際線はまだまだ運航の目処が立っていなかった)。帰国前夜は最後に住んだゲストハウスのスタッフや宿泊客たちが送別会を開いてくれ、贈られた寄せ書きを見て泣いた。振り返るとコロンビアではいろんな種類の涙を流した。

▲ゲストハウスのスタッフや宿泊客と。みんなに会いにまたコロンビアを訪ねたい

■成田空港でのPCR検査とホテル待機

無事に帰国することができて心底安堵したが、新たな関門が待っていた。PCR検査だ。パンデミックの中心地ともいえる、メキシコとアメリカを経由して帰国したため、感染しているかもしれないという不安はあった。

空港の検疫スタッフの方に連れられ、到着便ごとに数十名のグループに分かれ検査を受けた。2020年7月23日当時は、綿棒を左右の鼻腔に入れる検査方法だった。検査の所要時間は1分くらいだったが、結果が出るまでに2日ほど時間を要した。現在は唾液を採取し1時間ほどで結果がわかると、後に帰国した友人から聞いた。ちなみに検査は無料だ。

検査後、家族などの迎えがある人は、所定の書類を書き、検査結果を待たずに帰宅できた。迎えがない人は、政府が用意したホテルで2泊待機し結果を待つ流れだった。私は結果をホテルで待つことにした。

ホテルは一般的なビジネスホテルのツインルームで、3食お弁当付きで快適だった。滞在費用は日本政府が負担してくれたのが非常にありがたかった。久々に食べた和食と日本茶のおいしさは忘れられない。

▲ホテルで提供されたお弁当は毎食メニューが変わり、栄養面も配慮されていた

お向かいさんは、アフガニスタン出身のムスリムの男性だった。 彼は「あなた、どこからの来たの?」と私に質問したが、それはこっちのセリフだ。

▲毎食のお弁当はドアノブにかけられた

3日目の朝、内線電話がかかり「陰性です」との結果に胸を撫でおろした。しかしまだ「自由の身」ではない。陰性の場合も「2週間の自宅隔離」は必須で「公共交通機関の利用はNG」だった。

帰国者の選択肢は2つ。

レンタカーを借り自力で帰宅 ホテルで2週間の自主隔離

私は「帰国するなら迎えにいくよ」「待機するならうちにおいで」という二人の友人の厚意に甘え、空港まで迎えに来てもらい、その友人宅で2週間待機させてもらった。二人の友人には一生頭が上がらない。待機生活が終わり、実家の岡山に戻たった頃には8月になっていた。

コロナがあったからこそ出会えた、心あたたかいコロンビアの人たちとのご縁、帰国に際しご尽力くださった在コロンビア大使館の方たち、日本や世界の国から支えてくれた友人たちと家族に心からの感謝を伝えたい。

誰もが「会いたい人に会いたい時に会える日常」を取り戻せるよう願っている。

Un abrazo grande!(大きなハグを!)

中庭 廣子(なかにわ ひろこ)
倉敷市出身。東京・神奈川・オーストラリアで暮らし、2019年春から世界一周の旅と、スペイン留学に出発。途中コロナ渦で南米コロンビアでロックダウンに遭う。帰国後、フリーランスのライター・カメラマンとして活動を開始。デニムの街、岡山県の児島に暮らす。白身魚と焼酎、温泉が好き。Instagram: photo_bolita

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